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「今だから話せる佐藤のコラム 第44号」(初めての海外生活44)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2020.11.05
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第44号」(初めての海外生活44)をお届けいたします。

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横浜初めて物語と佐藤の中国生活14
                       10月21日     佐藤忠幸
 10月のコラムですから秋の話題から入るつもりでしたが、既に気候は初冬です。
何の話題から入ってよいのか戸惑います。
先週慌てて衣替えをし、奥から暖房器具を出して扇風機をしまいました。
何れも異例の速さです。
報道では12月上旬の気候とか、ですので富岡川せせらぎ緑道の花は全て散って寂しい限りです。
そうかと言ってもイチョウやモミジの紅葉はまだ先で、色づいているのは収穫漏れの柿やミカンだけです。
 ところで、最近の日本語の乱れは目を覆わんばかりです。
何語か分からないカタガナ用語が氾濫しているからです。
何故キチンと日本語に訳さないのか不思議です。
特にそれが顕著なのは役人と政治家です。
外来語を使っていると教養が高いと言われると勘違いしているのでしょうか。
単純に横着だからでしょうか。
 そこで今号の「横浜初めて物語」と中国生活で得たエピソードは、言語に関連した話題を送らせて頂きます。

【横浜で日本初の和英辞典】
 明治に開港して一挙に外国語が入ってきましたが、日本の学者など知識人はそれをそのまま使わず一般人でも分かるように翻訳し、日本語に無い新しい言葉は従来からある漢字を組み合わせ、新しい用語を産み出して分かり易く説明してくれました。
今とはえらい違いです。
例えば「人民」「共和」「民主」「右翼」「左翼」「自由」、など多数を新語として創ってくれました。
封建時代が長かった日本や中国にはそんな熟語が無かったからです。
アメリカの大統領選では共和党と民主党が激しく争っていますが、それも明治の学者がその日本語を作ってくれなかったら新聞記事の表現はどうなったのでしょうか?
 因みに、明治時代に日本へ留学していた中国人留学生がこれらの熟語を中国へ持ち帰って活用しています。
今の国名「中華人民共和国」も和製漢字から生まれたのですよ。
 
 外国語をしっかりと和訳し、正しい意味の日本語を創るためには外国語を正しく理解しなければなりません。
それに貢献したのがヘボン博士です。
ヘボン博士は安政6(1859)年にキリスト教宣教師として来日しました。
横浜に33年間暮らし、宣教師や医師、教育者として活躍し、聖書の翻訳と明治学院大学やフェリス女学院の創立にも貢献してくれました。
しかし、来日当時は江戸時代で宣教師としては活動できず、医師や教育者として活躍し夫人は英語塾も開いてくれました。
 そのなかで、患者などから日本語を学び、慶應3(1867)年我が国最初の本格的和英辞典「和英語林集成」を完成させ、日本には印刷所が無かったので上海で印刷して横浜とロンドンで出版しました。
その後、明治維新後に改訂し明治19(1886)年に第三版の改訂・増補版を出しており他の追従を許さない不動の辞書となっています。
もちろん英和辞典も含まれており外国人のみならず日本人学者にとっても欠かせないものとなりました。
和英辞典は、漢字とカタガナで表し、ローマ字で読み方を教え、英語で語訳し、用例と同義語も表す丁寧な辞典です。凄いことに、初版でも和英は2万語、英和は1万語集録です。
出版した当初、遠方に住む日本人が仲間から頼まれたと横浜来て30冊も買っていき、日本人の勉強熱心さに驚かれています。
 ところで、ヘボンというと「ヘボン式ローマ字」が有名ですがヘボンが発明したものではありません。
明治18年(1885)年に設立された日本の羅馬字(ろーまじ)会が編纂した(ヘボン式)ローマ字がなかなか使いやすい、出来が良いとして、ヘボン博士が明治19年出版の和英辞典第三版に活用したのが評判となってヘボン式ローマ字と言われるようになったそうです。

【富岡にもあるヘボンの碑】
 ヘボン博士は33年間横浜に在住しその間3回転居しており、それぞれに「ヘボン博士旧居跡」の記念碑があります。旧居記念碑が3ヶ所もあるのはヘボンだけのようです。
 しかし、数年前にも報告しましたが、我が金沢区富岡にもヘボン博士が推奨したと書かれた「海水浴発祥地の記念碑」という碑があります。
海水浴はイギリスに始まり、欧米諸国へ普及し、医学的な療養行為として医師が普及に一役買っています。元々別荘地として富岡を案内されたヘボンは富岡の風景と海の美しさに感動し、部下や学生を連れて度々通いました。そして医師として水温や成分から「汐湯治」に最適であると感じ、伊藤博文などに「夏に海に入っておくと冬に風邪をひかないからやってごらん」と勧めたことから流行ったそうです。
「汐湯治」は明治中頃から「海水浴」と呼ぶようになり、今につながっています。
京浜急行の開業時には、富岡に駅を作る予定は有りませんでした。
しかし、地元の人々からの「駅を作ってほしい」という強い要望があって、その交渉中に鉄道会社側から「駅を作るなら海水浴場を作ってくれ」との条件を出され、海水浴シーズンだけの富岡駅が駅が開業されたのです。
当時、富岡の青年団が中心になって、海岸にヨシズ張りの小屋が作られ、昭和6(1931)年に華々しく海開きが行われたほどです。
今は人口も増えて駅としては恥ずかしくない乗降客ですが、青年団は殆どありません。
老人団なら幾つもありますがね。
 2018年に近くの小学校にある富岡資料室を個人的に頼んで見学させていただきました。
昔の富岡は、別荘地の面影を残し学校行事として海水浴をした程の素晴らしい海岸と砂浜を持ち、更には沿岸で海苔の養殖が盛んだったことがよく分かりました。
しかし、昭和37(1962)年頃から始まった海岸埋め立てにより激変し、大工業団地と住宅団地が生まれたこともよく分かったものです。
 ヘボンが推奨した海岸の面影は全くなくなり、環境としては非常に残念だなと思います。
しかし、埋め立てて工業団地ができていなければ我がフューテック社もここに移転せず、私も現在地に家を建てなかったでしょう。複雑な気分です。

 なお、「ヘボン」のつづりは「Hepburn」で、あのオードリー・ヘップバーンと同じです。
当時の日本人はヘップバーンだと紹介されてもヘボンと聞こえたのでそのままヘボンとなってしまったのです
近年ではヘボンを「ヘップバーン」と表記することもあるらしいので、そのうち「ヘボン式ローマ字」ではなく「ヘップバーン式ローマ字」と呼ばれるようになるかもしれませんよ。


【中国の漢字】
 2003年からお世話になった四国ソーイングの上海各工場には日本で学んで日本語が堪能な中国人と、長い中国勤務などで中国語が達者な日本人が各工場に必ず居たので、外国語が苦手な私でも困ることはない様に思われました。
しかし、本当のコミュニケーションは言葉で理解するだけでなく心と心を通じ合えることが大切です。
過去の歴史や生活習慣が異なる異国では尚更それが重要です。
語学力の高い四国ソーイングではそれが欠け表面的なコミュニケーションに終わっていたように感じました。
そこで、通訳を通さない一対一の対話を試みましたがほとほと困りました。
時には会話能力を補うために筆談を交えますが、漢字国家の中国だからこそ筆談は難しいと思ったものです。

 まず一口に漢字と言っても中国の文字は日本とは大分異なります。
何しろ中国から日本へ伝わってもう千数百年も経っているのですからね。
 現在、中国本土で使われている漢字は「簡体字」と言われている文字です。
これは古くから中国で使われてきた漢字を簡略化したもので、1950年代から整理が進められており、日本人では読めない文字や意味が変わっている文字が相当あります。
 それに対するのが「繁体字」です。中国に古くから伝わる伝統ある文字です。
中国本土では、今はそれを習っていませんからもう外国語の存在です。
台湾や香港そしてマレーシア、シンガポールなどの東南アジアの一部は昔からの「繁体字」を使っています。
字画が多くて複雑ですが、日本の昔の漢字とほぼ同じですので日本人でも読めます。
実は中国でも簡体字導入以前、漢字を廃止しようとする文字改革がありました。20世紀初頭の清王朝の崩壊と列強による植民地化という国難の中で出現した漢字廃止論は、漢字を廃止しなければ教育を普及させることができないと、中国語のローマ字化やラテン文字化を主張するものだったといいます。
 国民党、共産党で政治的イデオロギーの対立となった文字改革は、後の文化大革命による混乱で終焉を迎えますが、その間には日本の仮名のような表音文字を取り入れるのはどうかといった議論も繰り広げられたとか。
今の簡体字はそのいきさつから生まれたのでしょう。
 同様な議論は日本でもありました。
漢字を廃止し、全てをローマ字にしようという運動です。
明治時代にもありましたが多くの人の反対からそれはつぶれ、第二次世界大戦後にもアメリカ軍からの指示でそうなりかけました。
しかし、よく調べたら日本人の識字率がアメリカよりも高く90%以上だということが分かって驚き漢字使用続行となり、ほっとしたものです。
 日本がローマ字国家となっていたら今はどうなったでしょうか?

【地方によって異なる中国語】
 中国で昔と漢字が異なるよりも問題なのは、省や地域による漢字や読み方・発音の違いです。
日本の方言などとは違って、国が異なると言ってもよいぐらい言語が異なるからです
上海へ赴任した当初にマレーシアで覚えた中国語を話したら皆に笑われました「佐藤は中国語が話せないのに【広東語】を使った」と。
蘇州市と上海市も僅かな距離でありながら、歴史が異なるため全く異なる言語でした。
地方小都市へ旅行に行くと通訳は北京語と現地語の2人付く時もあった程です。
 シンガポールで聞く中国語は圧倒的に広東語が多く、マレーシアで聞いた中国語は広東語もありましたが福建語や北京語・上海語・客家(ハッカ)語など中国全土の言葉がありました。
それだけ、広い範囲の中国全土から出稼ぎに(中には奴隷で売られて)来ていた国家なので、同じ中国系民族と言っても先祖の出身地が異なれば会話不能でした。
 余談ですが、マレーシア時代の私には中国語(英語もダメでしたが)は殆ど理解できませんでしたので当然地域別言語の区別はつきません。
しかし、漢字だけの中国語新聞だけは平気で読んでいました。
前述の「繁体字」で印刷されていたからです。
それを見た中国系マレー人が「佐藤は中国語が理解できないのに、何故俺たちが読めない中国語新聞を読めるの?」と驚いていました。
彼らの殆どが中国語は話せても読み書きは出来ないからです。
家庭で話しているから会話はできるが、学校では習っていないので読み書きは出来ないのです。
 因みに、マレーシアの公用語は当然マレー語ですが、ビジネス用語は英語です。
したがって、これらは公立学校でも学べますが、中国語やインド語は家庭で習うか特殊私立学校へ行かなければ学べません。複雑な国です。

 日本語を学んでいる外国人が、漢字の読み方が多様すぎると驚くことが話題になりました。
もし日本語がローマ字表記となっていたら、英語でのコミュニケーションは円滑になったかもしれませんが、読み方が多様な漢字や片仮名、平仮名を駆使するからこそ生まれる日本独自の考え方や文化、美的感覚は失われてしまったかもしれません。
 スマホやパソコンの普及で漢字離れは進んでいるとしても、漢字やそれを使うことで育まれた日本語によってできた日本文化と日本人の志しの高さ・豊かさは失いたくありません。

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