メールマガジン

「今だから話せる佐藤のコラム 第41号」(初めての海外生活41)

┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2020.08.10
┣━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第41号」(初めての海外生活41)をお届けいたします。

==========================================================================

横浜初めて物語と佐藤の中国生活11
                        7月27日     佐藤忠幸
 もうじき8月というのに梅雨は未だ開けず家内も洗濯物に困っています。
 しかし、洗濯物なんてのんびりしたことを言える横浜市金沢区は幸せです。
豪雨や雷雨によって堤防決壊、崖崩れ.など水害被害が全国的となってきました。
何處も「想定外」の災害ばかりで恐ろしいことですが、これも人間が気温・水温を高めてしまったことが原因のようです。
気温・水温を高めてしまい、昔と常識が変わっていることはその道の知識人ならご承知のはず。
それなのにお役所はいつまで「想定外」とか「何十年ぶり」の災害と言うのか理解できません。

 富岡川せせらぎ緑道では今を盛りとムクゲ(木槿)が咲き誇っています。
残念ながら、我が家のムクゲは剪定時期を間違えてしまい、今年は咲きそうにもありません。
私は秋の花と記憶違いをしたため3月に剪定してしまったのです。
初夏から初秋に咲く花木ですので剪定は冬の間にしなければダメでした。
 この花は、横浜では少ないものの私の生まれ育った愛知県東部には非常に多く咲いていました。
もっとも、50~60年前の日本なら何処にでも咲いていたのかもしれません。
その後の半世紀にもっときれいで育てやすい木が数多く輸入され、育てられ庭木の種類が変わってきたのでしょう。

  今号は「横浜初めて物語」と中国生活で得たエピソードを送らせていただきます。

【国によって味が違うビール】
 以前報告しましたように、私は1990年代の9年間にマレーシアで暮らし、2000年代の16年間中国の上海と蘇州で暮らしました。
 外国での生活の楽しみは何と言ってもお酒です。
お酒が美味ければ料理も美味くなり、食べるものの種類も増えます。
そして仲間も増えます。しかし、体重も増えて困りました。
 お酒と言っても非常に種類がありますが、その中で主流はビールでした。
そのビールにも色々あり、自分の好みのビールを見付けるまでに随分時間とお金がかかりました。
 余談ですが、マレーシアではビールを自国生産はしてなく全て輸入品です。
えーっと、驚く方も居られますが多民族国家のマレーシアでは宗教的・年齢的に酒類を飲める人は数百万人しかいなかったと思いますから自国生産では採算が難しかったのでしょう。
 そういう訳で、マレーシア時代は世界中からの輸入ビールを味わったものです。
一年中夏の気候と少々辛めのマレー料理に合うビールの銘柄は徐々に定まってきました。
何処の国のビールかは忘れましたが多分ヨーロッパです。
 中国時代も同じです。さすが中国は大国ですから自国生産のビールは沢山あります。
その中でも有名なのは青島(チンタオ)ビールです。
昔の宴会は紹興酒や白酒などが主流だったそうですが、私が最初に赴任した2000年当時の宴会の主流は既にビールでした。
そのためか、中国のビール総消費量は、2003年から世界1位を続けており、2位のアメリカと比べても2倍ほど消費しています。その勢いに引っ張られるかのように、アジア全体のビール消費量も増え続けています。
また、中国はビールの生産量も世界一です。
 しかし、私は中国のビールをそれほど美味しいとは思いませんでした。
私には、中国料理には合わなかった様な気がします。そうかといっても、日本のビールは高いのでヨーロッパのビールを飲んでいました。
 外国赴任前の日本では、キリンかアサヒ.サッポロしか飲んでいません。
しかし、あれば必ずキリンを選んでいました。
もちろんその3社の中にも色々な種類がありましたが昔はそれ程なくて選択は簡単でした。
単純に「キリン1本!」だけで済みましたからね。

【日本でのビール製造発祥地、横浜】
 さてそのキリンの工場はあちらこちらにあるようですが、キリンの発祥地は横浜です。
日本で最も古いビール会社の発祥地が横浜ということはビール製造発祥地も横浜でしょう。
 今のキリン横浜工場は横浜市鶴見区生麦(そう!あの生麦事件の生麦)で、何となくビール生産に向いているような地名ですが、ここは発祥地ではありません。
 そもそも、日本のビールはアメリカ人やドイツ人によって醸造開始されました。その中心が1869(明治2)年ごろに、アメリカ人ウィリアム・コープランドが、横浜山手の湧水の出る天沼(あまぬま)という池の近く(現在の北方小学校付近)に建てられた醸造所です。
ここで試験的に醸造をはじめ、この醸造所がそのまま1870(明治3)年ごろに「スプリングバレー・ブルワリー」として開業したのが日本のビール醸造発祥というわけです。
 奇しくも今年はそこから150年記念という訳です。

 前号まで横浜が近代的な上下水道の発祥地と記しましたがやはり水には縁があるようです。
当時ビール醸造所は幾つか作られ吸収合併を繰り返した挙句、コープランドの醸造所が残りました。
それは天沼でビール醸造に適した硬水の湧水を発見したことが大きな要因だったようです。
その湧水跡地は山手の北方小学校の校庭にあり「ビール井戸跡」の記念碑があります。
その後、経営破綻により、経営者が変わり、三井財閥の岩崎弥之助などの支援を受けドイツの技術と装置の導入により生まれ変わったのが今のキリンビールという訳で、時に1888(明治21)年、その商品名が「キリンビール」です。
 北方小学校のすぐ南側にある「キリン園公園」には大きな「ビール産業発祥」の碑が立っています。

 この工場は相当大きく発展したようで戦前に近くを通っていた京浜急行には「キリンビール前駅」という名前が付けられていたぐらいです。
しかし、1944(昭和19)年に、ビールは贅沢品であるという理由で「キリン駅」に改称させられた挙句、まもなく営業休止そのまま戦後すぐに廃駅となってしまいました。
 そして戦後に新工場が生麦に作られ今に至っています。工場の外塀にはその歴史が詳しく書かれており、道行く人の注目を今でも集めています。また工場見学もさせてくれるので申し込んでは如何?


【中国IT事情・・・中国ではPCを強制的に持たせた】
 私が最初に中国の上海子会社T社に赴任したのは2000年です。
今から20年も前のことですので、日本と違って大きく変化しており全く時代が違います。
それを意識してお読みいただければ幸いです。
何しろ、数カ月上海から離れただけで物凄い変化を実感したものです。

 T社の当時の従業員数は100名にも足らない小さな会社です。
しかし、将来は大会社にするつもりでしたので組織だけは大きく管理監督者も十数名いました。
他に会計や営業などの事務員も数名いましたがパソコンは(日本人も含めて)全部で5台ぐらいしかなく、デジタル化など「夢のまた夢」状態でした。
 管理監督者十数名と書きましたが、管理者と言える者は私の前任社長以外はゼロでした。
そのため、新たに管理者およびその候補者を5名(総務兼経理、営業、製造、品質管理、生産管理)採用し、その全員に否応なくパソコンを持たせました。班長クラスの監督者にも順次持たせあっと言う間に10数台に増やしました。
私は、言葉の問題もあって、パソコンの使い方は教えられませんが活用方法は徹底的に教えて随分感謝されたものです。
 ある課長は、「私はそんなものは使わない。若い部下にやらせる」と頑強にパソコン使用を拒んだので懸命にパソコンすなわちデジタル化の必要性と効用を説いたものです。
その説得と他の管理者のパソコン活用状況を見て、徐々に活用する様になりました。
数カ月後には、当初使用を拒んでいたことが嘘のようにパソコンを放せられない存在となっていたのには驚きました。
もちろん、パソコンにおんぶに抱っこ或いは狂うことはなく仕事の効率を高めることに役立てていました。

 2000年当時に私が赴任した中国現地法人の、日本人出向者は私を含めて5人で、この全てがパソコンの活用ができました。比較的若かったことと技術系が多かったからでしょう。
 ところが、その後日本の孫会社一つがつぶれてその工場長が赴任した時には困りました。
昔の工場管理、昔の日本式徒弟制度を中国に持ち込んだからです。
彼にもパソコンは与えましたが全く使えません。使う気も無かったようです。
しかも、仕事の上では、やたらに経験とキャリアをカサにきて指導をろくにしないで、やたらに叱ったり命令を出したり(命令権はないのに)中国人管理者や日本人技術顧問と度々対立していました。
これが日本企業の姿かと愕然としたことを思い出します。
 この姿は、パソコンも使えない或いは使う気のない古い管理者の姿かもしれませんね。
 
 なんか何処かの国会を思い出します。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
佐藤忠幸/Sato Tadayuki 
TEL&FAX 045-771-1745 MP 080-5467-4187
E-Mail: tada-sato@mvb.biglobe.ne.jp
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃発行元:公益社団法人いわき産学官ネットワーク協会(ICSN)事務局  
┃住  所:〒970-8026 福島県いわき市平字田町120番地
┃     LATOV6階 いわき産業創造館内
┃TEL    : 0246-21-7570      FAX    : 0246-21-7571
┃E-mail : iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp 
┃URL   : http://www.iwaki-sangakukan.com
┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃※配信の登録、及び解除については、こちらからどうぞ↓
┃ http://www.iwaki-sangakukan.com/m_magazine/
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



公益社団法人いわき産学官ネットワーク協会
〒970-8026 いわき市平字田町 120番地 LATOV6F いわき産業創造館内
TEL:0246-21-7570  FAX:0246-21-7571 E-mail:iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp
Copyright (C) ICSN All rights reserved.