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「今だから話せる佐藤のコラム 第40号」(初めての海外生活40)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2020.07.02
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第40号」(初めての海外生活40)をお届けいたします。

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横浜初めて物語と佐藤の中国生活10
                           6月24日     佐藤忠幸
 19日から色々な自粛が解除されましたがまだまだ平常生活には程遠いようで、街の活気は戻っていません。もっとも、元々活気に乏しい富岡ですがね。
産業によっては、基に戻るには数年かかるとも言われており将に新しい産業革命です。

 富岡川せせらぎ緑道では、各種のアジサイが見事に咲き誇っています。
アジサイと言うと、白色から始まって、薄桃色、青色、紫色と時期によって変化しますがどの花も殆ど同じ色と形です。いわゆるアジサイとガクアジサイが殆どです。
ところが、最近珍しい色と形の花が出てきたので調べると「キラキラ星」という品種です。
キラキラ星は八重のガクアジサイで、白い切れ込みのふちどりがあり、基本色は赤紫色の品種で、花形は半球形で装飾花の数は多く密に着き花色の変化はありません。
 このアジサイは栃木県農業試験場にて各種のアジサイを交配 して作られたもので、2011年に品種登録されたばかりですのでまだまだ影が薄い存在ですが見事ですから、これからブームを呼ぶでしょうね。
他のアジサイと違って時期による色の変化は少ないのですが、育てる土によって極端に色が変わります。
青色を鮮明に出すには酸性に傾いた用土を使用し、ピンクや赤系の花は、中性の用土で作ると鮮明な色が出るようになります。
この傾向は他のアジサイでもある程度は同じですがキラキラ星ほどの変化はありません。
不思議な花ですね。
早速、青紫の花木を挿し木してもらいましたがこれが我が家の土に育った暁に何色の花が咲くのか楽しみです。

 今号は「横浜初めて物語」と外国赴任時のパソコン(IT)事情について報告し、中国生活で得たエピソードはお預けとさせていただきます。

【横浜水道のあゆみ】
 横浜水道は明治20(1887)年10月に日本初の近代水道として給水開始され、明治23(1890)年に水道事業が横浜市に移管されましたが、当時の横浜市の人口は12万人(給水人口9万人)に達し、当初の計画(給水人口7万人)をはるかに上回りました。
これに対応するため、さらに日露戦争後の工業用水の需要高まりにより、神奈川県北部の山奥に取水地点や浄水場を設け、山梨県の山林までを購入し水源を確保・拡大して増加する水需要に対応していった横浜水道ですが、大正12(1923)年9月の関東大震災により、施設に壊滅的な打撃を受けました。
その後震災後の復興に向けて取り組みましたが、昭和16(1941)年に始まった第二次世界大戦に伴う空襲により、横浜市は再び甚大な被害を受けました。
終戦時には給水人口は戦災前の75万5千人から22万人へ、給水戸数も15万5千戸から4万7千戸に激減し、庁舎や水道施設などにも大きな被害を受けました。
 その後、戦後の産業発展に伴う人口増加に加えて、洗濯機、自家用風呂、水洗便所が急速に普及するなど生活水準が向上し水需要も著しく増加しています。
これに対応するため、数回の浄水場拡張工事と数々の浄水場の建設および増強を行いました。
あわせて相模ダムや城山ダムなどの新たな水源の開発も行っています。
平成13年の宮ケ瀬ダムの本格稼働によりやっと安定給水ができる水源と施設が整ったといえます。
 宮ケ瀬ダムは2回訪れましたがその規模の大きさと迫力には行く度に圧倒されます。
定時になると観光放流してくれますがこれが我が水道の大元かと感動ものです。
そして、拡張時代に整備した施設などの「維持管理」中心の時代を経て、現在は老朽化した施設の更新や大規模地震に備えた耐震化、水需要の減少に伴う水道施設規模の適正化を行うなど「更新・再構築」の重要性が高まっています。
 横浜の上下水道管の耐震の為の取り換え工事は現在でも進行中です。早くやって欲しいものです。


【日本の下水道は開国から】
 日本では、昔から下肥を農作物の肥料として用いており、西欧のように糞尿を直接川に流したり道路に捨てたりするということはあまりなく、開国後西欧人が来た時に「日本は清潔だ」と感心されたものです。
しかし、そのことが下水道の発達を遅らせたとも言えます。
開国後に安い肥料の輸入されることも相まって下肥の利用はだんだん減り、糞尿が肥料という有価物から廃棄物に転落していきました。
更に、人々が東京などの都市に集まるようになると、大雨によって家が水に浸かったり,汚水が低地に流れないで溜まったりした状態が生まれ、伝染病がはやったりするようになりました。
そこで、明治17(1884)年、日本ではじめての下水道が東京で作られました。その後、いくつかの都市で下水道が作られたものの、全国に普及することにはなりませんでした。
外人居留地がある横浜や神戸で、外人の手により下水管が敷設されたことを皮切りに、ここから先は、西洋が辿ってきた汚水処理への道と同じ道を辿ります。まず、廃棄物を流すための下水管を着手し、有名な銀座の暗渠化や神田下水などとして川に流すようになります。
国策で西洋化を進める東京では、水洗便所という垂れ流しのトイレも導入され、皇居のお堀は悪臭で大変だったといいます。
同時にコレラが大流行します。コレラ対策として飲み水を何とかしなければと、明治23(1890)年に水道法が出来、その10年後に下水道法が出来、対策を進めていきます。とはいっても、下水道処理場が出来るのは22年後ですので、川に垂れ流しはしばらく続きます。
また明治43(1910)年に浸水家屋27万戸という関東大水害が起き、下水道の役目の1つとして「浸水の防除」が含まれるようになりました。
しかしながら大都市でも上水道は最優先です。下水道より上水道整備が優先され、下水道普及率は遅々として上がりませんでした。
本格的に下水道が整備されるようになったのは、第二次世界大戦後です。
また、産業の発展に伴い昭和30(1955)年頃から,工場等の排水によって河川や湖沼などの公共用水域の水質汚濁が顕著となりました。
 そのため、昭和45年の下水道法の改正により下水道は町の中を清潔にするだけでなく、公共用水域の水質保全という重要な役割を担うようになり、やっと先進国のお仲間入りができたのです。 

【我が国最初の日本人による横浜近代下水道】
 安政5(1858)年、江戸幕府は諸外国と修好通商条約を締結し翌6年に横浜を開港します。
外国人居留地には掘割が設けられましたが、ごみが堆積し不潔なことから、文久元(1861)年、幕府の手により道路整備と併せて道路の両側に木柵による側溝を、さらに2年後には木柵を石造に改修されました。
しかし、下水道整備が進んでいたイギリスの居留民らは伝染病の発生を恐れて、暗渠式下水道を要求しましたが、日本では前例が無くなかなか実現しません。
 慶応2(1866)年に、幕府と外国公使団は「慶応約書」を締結し、これに基づき道路・下水道・公園等が整備されることとなりました。
明治4(1871)年に、イギリス人技師R.H.ブラントンの指揮により本格的な下水道が整備されました。
当時の管は陶で短寿命です。
 明治14(1881)年、居留地の人口増加を受けて、神奈川県技師の三田善太郎が、流量が少ない時でも流速が確保できる煉瓦造りの卵形管に全面改修し、併せて外国人居留地周辺の日本人街に石造下水道施設を整備しました。
この下水道は、我が国最初の「日本人による日本人のための近代下水道である」と位置付けられ、この下水道の遺構は、横浜市中部水再生センター等で保存されています。
 ちなみに、水道分野において国の文化財として登録されている歴史的建造物は約160件あるのに対し、下水道分野においては横浜旧居留地煉瓦造下水道と神戸旧居留地煉瓦造下水道のわずか2件しかありません。
下水道事業の歴史の浅さが理由でしょうが、下水道の地位が低いことにも一因があるのでしょう。
もっと積極的に保存・登録に取り組まなければ今後の発展と予算処置に支障をきたすのではと思います。

 浄水場の寿命は60年、下水道管の寿命は50年と法律で定められていますが、実際には40年過ぎると破壊や破裂事故の危険が増してきます。
確かに最近下水道管破裂により、汚水が街中溢れたなんて報道が絶えませんね。
上水道と併せて、これらの寿命問題を今後どうするのか、地方自治体任せではなく中央政府のリーダーシップが必用だなと思う昨今です。


【マレーシア赴任時はPCを強制的に持たされた】
 日本のコンピューター化IT化は世界的に見て遅れていますねー。
特に政治家のIT無知には呆れますが、最近では公務員のIT知識遅れには困っています。
それよりも、それらを動かずソフトやシステムの遅れにはほとほと呆れます。
最近の事例ではアベノマスクの配達や、10万円の給付に数カ月もかかるなどに驚きがっかりしています。
何でも書類、そしてハンコが必要な悪弊がそうした問題を産んでいるのでしょう。
更に、やたらと人権の尊重を叫ぶことによってマイナンバーカードの活用を妨げる人がいるからです。
人権の尊重をと叫んでいる者の大半は、隠し口座・隠し財産により不正・脱税をしているのでしょう。
それら不正行為をヘソクリぐらい持たせろと言い逃れをし、マイナンバーの有効活動を妨げています。
それら個人番号そしてカードを有効活用している国なら10万円の給付金など1週間以内に全ての個人口座に振り込まれています。
 と言いながら、私のパソコン技術は1990年代にマレーシア人管理者から教わったという恥ずかしい履歴です。当時の私の身分は中小企業とは言え常務取締役ですから、パソコンなどは若手が使えばよいと言い逃れをして電卓で済ませていましたし、文章の清書は若い事務員にワープロでやってもらっていました。
マレーシアに赴任後も、ビジネスが外国語主体で難しいとか言い逃れをしてパソコンは使いませんでした。
日本との交信も電話かFAXでした。
 それでは何事もスムーズに行かないと、現地の若手役員J君が、強引に私用のパソコンを調達し、私の留守に私の机に据え付けてしまいました。
私もそろそろパソコンを活用しようかなと思っていた頃なので、そのJ役員に感謝し早速使い方を学びました。
取り敢えずは電源の入れ方、エクセルとワードソフトの使い方を教わりました。
英語しか使へないJ役員は、ワードは教えられませんでしたがエクセルは非常に丁寧に教わり助かりました。
笑い話ですが、電源の入れ方は教わっていましたが、電源の落とし方を教わらなかったので帰る時に大変困ったことを思い出します。
なお、ワードについては日本人駐在員に教わろうとしましたが、彼ら若手技術者は何でもエクセルで片付けてしまいワードは使えませんでしたので、自学自習で使えるようになりました。
パソコンによって、一番助かったのは、インターネット通信(メール)ができるようになったことです。
日本の社長や友人、中国の先輩などとも交信し情報交換が自由にできたことです。
他の役員はパソコンをろくに使えず、インターネットもしないので困りましたが私が駐在していた最後のころは副社長も使えるようになり助かりました。
もちろん、経理や生産計画・経営計画など業務における効用はすさまじいものがあったことは当然です。

 日本は現在でも、大臣でありながらパソコンを使ったことが無いなんて国会で答えてヒンシュクをかう事例がありました。
若い人が、或いは部下が、活用すれば大丈夫だという大きな誤解を持っているようです。
あの大臣は、私よりも若いくせに何を今まで勉強していたのだろうかと呆れます。
これが日本の現状なんですね。
 新型コロナウイルスの感染拡大により日本の遅れたデジタル事情が明らかになり、マイナンバーの使い方や登録内容なども慌てて見直すようですが遅すぎますね。
 
 今号も長文ですみません。中国でのパソコン事情については次号で報告いたします。


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