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「今だから話せる佐藤のコラム 第36号」(初めての海外生活36)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2020.02.24
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第36号」(初めての海外生活36)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第36号」(初めての海外生活36)◇

横浜初めて物語と佐藤の中国生活⑥
                          2月24日     佐藤忠幸
 今年は全ての開花が早いですねー。
富岡川せせらぎ緑道では、白や桃色の梅が早くも散り始めています。
それどころか、卜伴(ぼくはん)椿をはじめとする各種椿も、そして白木蓮(ハクモクレン)まで咲き始めました。桜の開花予想も横浜は3月14日だそうです。ちょっと早すぎる様で心配です。
今号の「横浜初めて物語」は、明治に横浜で発行された日本初の日刊新聞についてです。
併せて引き続き、16年間にわたる私の中国生活で得たエピソードを報告いたします。

【10年ごとに災難事態が起こる海外生活】
 前号において「バドミントンの桃田選手がマレーシアで交通事故に巻き込まれて怪我をし、日本へ搬送されたという報道があり、私も似たような交通事故で1993年にマレーシアから日本へ空輸されたことを思い出しました」とお知らせしていますが、今は世界中で新型コロナウイルスがまん延し大変なことになっています。
私は長い海外生活で、この二つの事件に類似的な体験をしておりますので報告いたします。

◎1993年 マレーシアKLにて出勤途上で交通事故に遭い「首の骨」を折る重傷を負いました。 
1カ月後、横浜の病院へ転院のため空輸されましたが、KLの病院でMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に院内感染していることが横浜で判明。
更に2か月間も絶対安静を強いられ、病因の窓から花見をしました。
◎2003年 中国蘇州駐在中、SARS(重症急性呼吸器症候群)が流行り始めたので中国の休日に引っ掛けて帰国したら日本では大騒ぎの最中でした。
日本本社では出社禁止、自宅待機を命じられました。当時の中国政府の隠蔽姿勢と流行病への甘さを実感したものです。
◎2013年 中国上海の大学病院に膠原病の診察のために入院したら、院内感染で肺炎に罹ってしまいました。肺炎に罹ったことで持病の心臓病が悪化したためペースメーカーを挿入することになったが、中国でその手術をするのは怖いので救急ジェット機で横浜へ転院し、手術しました。
◎このサイクルからいうと、2023年 今度は何が起こるのだろうか?

 膠原病とは、内部抗体が筋肉を攻撃して筋肉劣化を起こすなど様々な症状があるが、原因も症状との因果関係もなかなか掴めない難病です。
数年前から横浜の病院で「膠原病の恐れあり」と言われていましたが、何回も通うか入院検査の必要があったので、仕事との調整をし易い上海の大学病院へ検査入院したわけで、これが失敗の様でした。
その後、昨年春に症状が顕著になり、6月に横浜の病院へ精密検査・診察のため入院したら7月になって膠原病として断定され治療が開始され、治療中の現在に至っています。
現状は膠原病の進行は止まっていますが、まだ治りきらずそれどころか治療薬の副作用との闘いが続いている状況です。
 
 ところで、新型コロナウイルスについて中国政府の対応のまずさが度々取り上げられていますが、私の2003年のSARSへの対応体験から言えば、現在の中国政府の対応はもの凄く進歩したと思います。
 2003年当時、中国のSARSへの対応は都市或いは地方によってかなり差があり、それを表す格言を思い出しました。
  上海出国  上海は国から出る
  広東売国  広東は国を売る
  北京愛国  北京は国を愛する
今はどうでしょうか?少なくとも中央統制は段違いに強力だと感じます。

 日本政府の対応は賛否両論あるようですが、法律論ばかりかざして、あるべき方向を追及しない姿勢は相変わらずで、手ぬるさ、曖昧さが強いような気がします。
これは反対された時への配慮と保身だけを考える官僚のやることで、彼らに任せれば当然の結果です。何故これを放任しているのか不思議な国です。


【日本初の日刊新聞】
 今年は「日刊新聞発行150周年」で「新聞発行160周年」という記念すべき年ですがご存知でしたか?
 英人ハンサードによって、1860年(万延元)12月、長崎で英字新聞 「Nagasaki Shipping List and Advertiser」が発行され、翌1861年(文久元)11月、横浜に転じて、英字紙「Japan Herald」が発行されており、これが日本最初の新聞と言われています。
 そして、日本語の日刊新聞は、1871年1月28日(明治3年12月8日)に横浜市で創刊された「横浜毎日新聞」が日本最初です。(現在の毎日新聞とは無関係)
当時の神奈川県令(県知事)井関盛艮が近代新聞の必要性を感じ、横浜の貿易商や印刷業者を説得・協力してもらい「横浜活版舎」を設立し「横浜毎日新聞」創刊に漕ぎ着けました。
貿易に関わる情報、国内や海外の情報をいち早く商人たちに伝えることが目的ですので、商人たちからも出資を募りました。後に読売新聞の初代社長に就任した子安峻(こやす・たかし)を編集者にスカウトしたことでも近代化への熱が感じられます。
 似たような新聞は、長崎や横浜等で発行されていましたが殆どが週刊紙で、日刊紙の発行が待たれていました。また、当時の新聞は半紙を二つ折り、若しくは四つ折りにしたものを数枚糸でまとめた「冊子」であったのに対し、本紙は洋紙の両面に記事を木活字(後に鉛の活字)で印刷し、紙面を欄で区切るという、現在の新聞とほとんど変わらないものでした。
 発行経緯からわかるように当初は、船舶の出入り情報、貿易品の値段や生糸の相場価格、競売の情報などが紙面の中心となっており、日本全国の商人に愛読されました。したがって、横浜市の新聞博物館や開港資料館で保管してある当時の同紙は佐賀県や群馬県など地方で読まれたものばかりで、全国の商人から如何に待望されていたかよく分かります。

 ところが、新聞発刊の翌年1872年に日本初の鉄道が新橋―横浜(今の桜木町)間で開業すると、情報の発信拠点が徐々に政治の中心地である東京へ移ってしまい、東京で次々に日刊紙が発行されました。こうなれば横浜でのビジネス紙の刊行継続が難しくなるのは自然な成り行きです。
 そのためか、1874年頃より民権派新聞と目される程政治色が強くなり、1879年には本社を東京へ移転し「東京横浜毎日新聞」と改題し再スタートしました。その後も改題をしながら何とか生き残ってきましたが、残念ながら1940年に廃刊となりました。
 「日刊新聞発祥の地」の記念碑は、横浜市市庁舎の移転新築工事の関係で撤去され別の場所で保管されていましたが、横浜市中区本町の「横浜アイランドタワー」ビルの西側広場に再建されていますのでご覧ください。


【会社存続よりも預金確保が大事】
 四国ソーイングの中国子会社で、親会社社長A氏の双子の弟B氏が社長をしている会社が上海に二社ありましたが、そこでのお話しです。まだ私が社長に任命される前の出来事です。
 ある日、親会社A社長から「経営危機だから・・・・、内部留保の預金から〇千万円送金してくれ」との要求・指示が中国子会社B社長に届きました。B社長は「佐藤さんこれはダメですよ。送金不可です」と言うだけでした。
その子会社は、ここ数期は黒字で預金も出来たので資金繰りに困っている親会社に送金して欲しいという訳です。
 しかし、過去は赤字期間が長く累積赤字は消えていません。例え親会社であっても、累積赤字である限り外国の株主に配当を送金できないのが当時の中国ルールです。
これは充分承知していましたから、送金が必要な何かしらの口実の契約を親会社としました。契約内容は覚えていませんが、技術指導契約か日本での販売支援契約でしょう。
 この契約書があっても税務署の送金認可印が無ければ送金は出来ません。ところが、誰が行っても、契約書を手直ししても、手を変え.品を変えても税務署から送金認可がおりません。  
 こんな筈はないと、数年前に勤めた上海の容器会社時代に親切だった税務署員に相談したところ、所轄税務署長のコネを紹介され、そのコネ経由で所轄の署長にお会い出来ました。
契約書を持参し経緯を話したところ
「これなら日本へ送金できます。拒否するのには他に理由があるのでしょう」
と言って調べてくれました。その回答は
「御社の会計課長から『送金認可依頼が来たら拒否してください』と言われたからです。御社が今でも送金が必要なら直ぐに認可しますので書類を出してください。なお、お宅の窓口の税務署員は配置換えしました。」
と言われて、今までの税務署との抗争は何だったのかと唖然としました。

 税務署員を抱き込んで送金を拒否させたのには2つの理由が考えられます。
一つは子会社社長BのA社長への競争心。もう一つは会計課長の子会社資産保護意識。
会計課長は四国ソーイングとは別の中国系出資企業からの派遣社員ですから、そうしたくなるのは分からないでもありません。
 しかし、兄貴が社長をしている親会社に抵抗するB社長(親会社では常務)の意図が分かりません。親会社が倒産したら子会社も一蓮托生だということが分からないのかなーと不思議に思ったものです。もちろん資金繰りに困るような企業経営に釘を刺したかったのでしょうが、実際に困った時に抵抗したのでは遅すぎます。

 結果的に、会計課長が派遣元の中国系親会社のことしか考えず、子会社社長は親会社のことは無視して子会社のことしか考えていません。
組織擁護のことしか考えない古い体質の諸官庁や腐った大企業を思い出します。


【世間相場無視の賃金】
 私が四国ソーイングの中国子会社4社の顧問に就任すると同時に、課長クラス4人が採用されました。
親会社から優秀な人材が欲しいとの要望を受けてのことです。彼らの面接は親会社A社長がし、賃金も当時の課長クラス賃金の世間相場どおり1万元前後で決まりました。
商社との合弁2社は、その賃金は問題ありませんが、B氏が社長をしている四国ソーイングの独資あるいは出資比率の高い2社は、低賃金の古参社員が多く難しい問題となりました。
 それは、幹部社員でも3千元程度という世間相場を無視した低賃金だったからです。
したがって、若手社員は採用も出来ず、素人を採用しても育たず、稀に育っても直ぐに転職されました。
結果的に転職できない古参社員ばかり残り、優秀な若手の管理監督者や技術者が殆どいないとんでもない会社になっていました。

 「低賃金を補うため」という勝手な名目で不正行為まで起きていました。
 例えば工場長代行の若手管理者C君が、顧客支給の材料(布)の端切れや余剰品を勝手に売却し私利に走ったことです。縫製会社ですから材料の端切れや余剰品は顧客に返すか裁断処理して報告なければなりませんが、顧客の信用を逆手にとって、それを勝手に売却していたのです。
 この事件はその端切れを運ばされた運転手の訴えで分かったことですが、B社長はC君の解雇を惜しんで闇から闇に葬ってしまいました。しかし、C君は、其の他の色々な悪事が表ざたになることを恐れてサッサと辞めてしまいました。
 C君は、以前私が面接した時に「この会社で私の様な若者を育て、重職に付けてくださったのは感謝しているが賃金が安すぎます。これを考えてくれないと残れません。」と明言していたことを思い出します。
 私と同時に入社した課長クラスの内、独資系に入社した2人は系列二社を利用して賃金の支給元を操作して一社から支給される賃金を下げて、古参幹部との賃金格差を表向き小さくしました。
しかし、それが古参幹部にバレない筈がありません。
 高賃金だからといって、コソコソ隠すことはせずに堂々と公表できるような仕組みや制度の会社にもっと早くにすべきでした。
 後からそれを行いましたが手遅れだったことが、人生最大の失敗でした。

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