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「今だから話せる佐藤のコラム 第33号」(初めての海外生活33)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2019.12.03
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第33号」(初めての海外生活33)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第33号」(初めての海外生活33)◇

横浜初めて物語と佐藤の中国生活③
                           11月24日     佐藤忠幸
 つい先日夏から秋への衣替えをしたばかりですが、冬に向かっての衣替えが必要となりました。
なんか今年の秋は短く感じますが本当はどうでしょうか?
台風や大雨の被災地の皆様はそれどころではない御苦労で心よりお見舞い申し上げます。
 富岡川せせらぎ緑道では狂い咲きのサツキ以外の花木はすっかり見えず寂しい限りです。
今号も「横浜初めて物語」と題して幕末に開港した横浜の近代史を報告します。
併せて引き続き、16年間にわたる私の中国生活で得たエピソードを報告いたします。

【横浜初めて物語③日本の競馬史】
 今は10月20日の菊花賞に始まり天皇賞、エリザベス女王杯等の重賞レースが毎週の様に続き12月22日の有馬記念で締めくくられ日本中央競馬の大きなピークとなっています。
本日(11月24日)はジャパンカップ杯です。今月はそれにちなんで横浜と競馬の関係について調べました。
 日本の競馬会開催や常設競馬場が出来たのは勿論横浜が初めてです。

 調べると日本の競馬の歴史は意外に浅いようです。
 日本では、馬は合戦で活躍してもらう存在で戦場に到着するまでは、なるべく温存して大事に扱われており、競馬など全く考えられなかったようです。
江戸時代になって、武士らしさを残すために、福島県相馬市の野馬追いなどの合戦ゲームの様な競争馬や行進などはされるようになりましたが本格的な競馬は殆どありません。
儀式としては、701年に端午の節句に朝廷の競馬が行われ、近世からは各神社で祭典競馬が行われています。

 そもそも、日本の馬は他の家畜と違って、ペットでもなく、食用でもなく、物資運搬用の家畜でした。
古代遺跡を調べると、当時の遺跡から急に馬具など馬にまつわる遺物が出土します。
おそらくその頃、初めて馬が馬文化とともに渡来人によって日本列島にもたらされたのでしょう。
そして武家時代の進展と共に、馬は軍事物資運搬の機動力に加えられました。
当時の軍路の殆どは悪路で高低差の厳しい、一歩間違えれば転落するような所を行軍しました。しかも馬に乗る人間は甲冑を着ているので重かったものです。
武士といえば、馬にさっそうとまたがる格好の良い姿を連想しますが、時代劇映像で登場する馬の殆どは西洋馬です。当時の馬ははるかに寸胴で脚が短い日本馬でした。
日本馬は現在では殆ど残ってなく、宮崎県都井の岬の御崎馬が、国の天然記念物に指定されているほか、数種類が各地方の記念物に指定され残っているだけです。
私は50年前の新婚旅行で都井の岬でそのがっしりした馬を見て感動したものです。

 今では競馬馬として当たり前のサラブレッドですが、日本に初めて輸入されたのは、1877年(明治10年)です。また1907年(明治40年)にイギリスからサラブレッド繁殖牝馬20頭が輸入され、日本におけるサラブレッドの本格的な生産が開始されました。
以後、サラブレッドによる競馬は、戦争による中断をはさんで連綿と続いています。

【横浜初めて物語④競馬会と常設競馬場】
 日本の競馬会の歴史は日本の開港・文明開化とほぼ同じです。
 1858年(安政5年)の日米修好通商条約によって横浜に外国人居留地が設けられ、そこに住む外国人は運動やレクリエーションとして日常的に馬に乗り、休日には東海道を川崎付近まで馬で出かけています。
(このため生麦事件が起こっている)
 このことから馬乗り技術を競う競馬会の開催が強く望まれ、1860年(万延元年)に居留地近くの農道を利用して馬蹄形の馬場にして日本初の洋式競馬会が開催されました。
1861年(文久元年)には横浜新田の沼を埋め立て地に非公式に馬場が設けられ、さらに,翌年1862年(文久2年)横浜新田の埋立地に改めて正式に競馬場を造りました。
ここは、普段でも外国人たちが気軽に乗馬を楽しむこともでき外国人には身近なものでした。
 1862年の公式な横浜新田競馬場で行われた競馬会は公式な洋式競馬としては日本初となります。
その競馬会の馬主は24名、エントリーした馬は40頭。内訳は日本在来馬25頭、アラブ馬4頭、スタッド・ブレッドとマニラ馬1頭、馬種不明9頭で、体格で分けてレースを行っています。日本馬などは体格の大きい西洋馬には到底敵わなかったからです。
(生麦事件では被害者のうち男性3人は西洋馬に乗り、女性は日本馬に乗っていた)
しかし、横浜新田競馬場は沼の埋め立て地で地盤が悪いため使われなくなり、横浜山手の練兵場や根岸の射撃場などで競馬会が開かれるようになりました。
 居留地外国人から、きちんとした競馬場を早期に作ってくれとの要望が強く出て、幕府もそれを認め横浜の山の手にあり、富士山から三浦半島、横須賀の軍港まで見えるという眺望の良い根岸公園に1866年(慶應2年)日本初の本格的競馬施設「横浜根岸競馬場」を開設しました。
 当時の競馬会はギャンブル場というよりは社交場であり、明治天皇の行幸も13回を数え、皇族をはじめ伊藤博文、井上馨、各国の大公使など政財界人が一堂に集まり「屋外の鹿鳴館」と言われるほどでした。
ちなみに、日本人で初めて勝ったのは西郷隆盛の弟である従道です。彼は愛馬「ミカン号」に騎乗し1875年(明治8年)に優勝したのです。
 しかし、1942年(昭和17年)に戦争の激化に伴い競馬開催は中止に追い込まれました。
「軍港が一望できるとの理由と作戦上必要な施設である」として海軍省に接収され、機密文書の印刷工場などが設けられました。軍港まで見える眺望のよさがあだとなったようです。
 戦後は米軍に接収され、広大な土地は米軍専用の住宅やゴルフ場などとして利用されました。
米軍接収が解除され始めたのは1969年(昭和44年)で、1977年に敷地の大部分が横浜市へ返還され「根岸森林公園」として整備され市民の憩いの場として開放されています。
 しかし、競馬場としては復活せず、戦前に沸き立っていたスタンド跡と一等馬見所跡が残っていますが手付かずのままで廃墟同然状態です。
見晴らしのよさ、すなわち周辺の住宅街からは邪魔な存在となったこともあり、史跡の使い道が定まらず文化財指定も申請すらされてないのが残念なことです。
 1977年(昭和52年)に「馬の博物館」が、馬に関する文化の普及と継承を目的に開館されました。
馬に関する美術品だけを収集していますが、「馬」という切り口のおかげで、かえって多種多様な美術品が収集され、我々の目を楽しませてくれます。

 日本初の洋式競馬場の跡地は、歴史と文化、思索と憩いの場として、今日も市民と競馬ファンに親しまれています。是非一度お出かけください。


【始まった日本人出向者教育】
 2002年に、愛媛県の四国ソーイング㈱という縫製会社へ入社したのは、中国子会社の再建が目的です。
実際には、縫製業という労働集約産業を勉強したかったことやそこの山本社長に惚れたということもありますが、会社の経営方針や経営理念が素晴らしかったが入社の決め手でした。  
しかし、日本本社は分かりませんが、少なくとも中国にある子会社では、この経営方針が全くというほど浸透していませんでした。
 その主原因は、山本社長に代わって中国子会社を指導し牽引すべき日本人出向者の意識と知識の問題です。
 出向者の多くは中国人幹部に技術(テクニック)を教えるだけで、管理手法や管理方法・姿勢を教えません。どうして教えないのか不思議に思って聞いたところ、
「中国人は教えてもすぐに辞めるから、永く勤めないから、教えても無駄だ」との答えでした。 
 しかし、なおも観察していると、実は教える知識も能力に欠けているという実態が分かってきました。
 そこで、私がやった最初の仕事は日本人出向者への教育です。
その半年間の研修コースは下記です。もちろん、状況によって途中で随分変わっていますが、大きくはこれで行いました。

1、プロローグ    
 会社の置かれている現状、社会人意識とプロ意識、中国で働く問題、駐在員に求められる必要条件
2、社会人心得    
 人間関係、コミュニケーションの基本、報告・連絡・相談、直交管理、安全衛生心得、5S心得
3、品質管理    
 品質管理とは、源流管理(4Mで考える)、QC7つ道具、目で見える管理手法、5S管理の原理・目的と推進、製品規格・基準の考え方、計測器・ゲージ・治工具・見本管理、事故再発防止対策方法(ポカよけ)、統計的品質管理手法基礎、当社の品質管理方針と品質管理規定・検査規定の本質、品質保証体系、対策会議運営方法
4、労務管理    
 マズローの法則(欲求の五段階)、OJT(オンザジョブトレーニング)訓練、指導方法訓練、労働法基本と就業規則、賃金規定、人事考課方法と考課者訓練
5、コミュニケーション    
 コミュニケーションとは、コミュニケーションの阻害要因、5W1Hで考える、積極的頃聴方、報連相基礎訓練、ブレーンストーミング方、ビジネス文書・報告書の書き方、円滑な会議運営
6、リーダーシップ    
 組織化能力、目標指向能力、自己革新能力、伝達能力、部下育成能力、方法発見能力
7、生産管理    
 SCM(サプライチェーンマネジメント)の基礎、ERP(統合基幹業務システム)の基礎、動作分析、工程バランス、計画と進捗管理、在庫管理、仕掛り管理、保守管理
8、原価低減活動    
 生産の三要素、付加価値分析、原価とは、販売原価、工場(製造)原価、直接製造原価、仕掛り評価、品質と原価
9、方針と目標管理    
 PDCAサイクル、目標管理の基礎と進め方、顧客情報管理、経営方針と目標、部門方針と目標
    
 これで、半年間の休日は殆ど無くなりましたが、全員が真面目に意欲的に取り組んでくれたことは良かったと思います。
研修内容は、非常に幅広いものですが中堅以上の企業としては一般的な内容です。
したがって、講師は私一人で(自分の復習含めて猛勉強しましたが)何とか勤められました。
 
【知っているのと教えられるのとは異なる】
 研修と言っても理論を教えるよりも、学び方を中心に教えました。
具体的には、グループディスカッションや論文で自から解決方法や目指す方向を見つけてもらいました。
講師の私はそこへ誘導し彼らが答えを見付けるお手伝いするだけです。
驚いたことは、日本人出向者のほぼ全員が、この研修が日本で学んだ「おさらい」ではなく初めての学習内容と学習方法だったということです。
駐在員が中国人に管理手法や管理精神を教えなく、テクニックしか教えなかったことが納得できました。
『教えなかったのではなく、教えられなかった』ということです。

 最も多用した研修方法はグループディスカッションです。
テーマを与えたら数人ずつに別れて座り、テーマに基づいて話し合います。
進行係(議長)、書記、発表者の三役を最初に決めたら、話し合いスタートです。
進行役は全員から満遍なく、しかも時間内に如何に幅広く・深く意見を集めてまとめるかという、極めて難しい役どころです。
書記は大きな模造紙にマジックインキで箇条書きします。この書き方・まとめ方が話し合い成否のカギともなります。
発表者は他のグループに書記が書いた模造紙を見せながら「我がチームはこういう観点からこういう議論をしこういう結論を得た」と発表しますが、自分のチームに対しても「あの議論はこう発表され、こうやって活用されたのか、役立ったなー、勉強になったなー」と思わせることが必要です。
 この三役は、ディスカッション毎に交替しますので、全員が何回も経験します。
これが、その後職場に戻った時の後進の指導に役立つはずです。
特に、経営方針や経営理念は、耳学問で終わらせるテーマではありません。
 会社は、職場は、自分は、こうすべきだ、こうあるべきだということを肌で感じ、こころから分からなければ後進に教え、引っ張ることは不可能です。

 しかし、この研修コースは残念ながら私の退職の関係上中途半端に終わりました。
  (退職事情については後ほど別途報告)

 振り返って研修内容の本質と重要性を見直すと、半年間という短期間では無理な計画でした。
 彼らがどれだけ理解できただろうか、実効性はどうだったのか、という疑問が消えません。

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