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2019年3月 アーカイブ

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2019.03.02
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┃  『第79回 いわき情報技術研究会』開催のご案内

┃  主 催:NPO法人いわき情報技術研究会  
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◇◇◆NPO法人いわき情報技術研究会からのお知らせです◆◇◇

 NPO法人いわき情報技術研究会では、ITを利用した人材育成や技術者育成に
関する講演会を開催します。皆様、奮ってご参加ください。

■日 時:平成31年3月9日(土)(13:30~16:00)

■会 場:中央台公民館(いわき市中央台飯野四丁目5-1)

■概  要:
1. 卒業研究発表
(1)発  表:東日本国際大学 今泉魁佑様
   テーマ:いわき市におけるAIを含めた地域情報化戦略についての研究

(2)発  表:東日本国際大学 矢吹拓也様
   テーマ:屋内位置測位システム『IMES』について

(3)発  表:福島工業高等専門学校 吉田孝信様、吉田温貴(ハルキ)様
   テーマ:9マス将棋の完全解析

(4)発  表:いわきコンピュータ・カレッジ チームA
   テーマ:飯野八幡宮活性化アプリケーション いいはちAR+

(5)発  表:いわきコンピュータ・カレッジ チームB
   テーマ:ロボットアプリケーションの開発~NAOといっしょ~

2. ライトニングトーク
話題はなんでもOKです(今考えていること、会社の広報、イベント広報、求人・
求職など)。発表時間は5分で、多くても少なくてもいけません。PowerPoint
などで資料を見せることが出来ます(PC持ち込みも可)。終わりには、研究会
参加者が優秀賞を選定し、豪華(?)賞品が贈られます。
発表したい方は、3月6日(水)までに、このアドレスか事前登録(connpass)のメ
ッセージにてでタイトルを知らせてください。奮っての参加をお願いします。

■参加料:無 料(駐車場あり。服装自由。私服OK)

■申込方法
 下記ホームページ内のお申込みフォームより、お申込みください。
当日参加も大歓迎ですが、できるだけ事前登録をお願い致します。
※登録はこちらから→ https://iitg.connpass.com/event/121168/

■懇親会
17:30より、別会場:「三代目 鳥メロ いわき駅前店」にて開催致します。
http://torimero-iwakiekimae.com/

会費:4,000円、女性は3,000円、学生は2,000円
多数の方の参加をお待ちしております。

■お問合せ先・お申し込み先
NPO法人いわき情報技術研究会(担当:高山)
TEL: 0246-29-7175
E-Mail: iwakiit@gmail.com 

※詳細はこちらをご覧ください。↓
 https://iitg.connpass.com/event/121168/

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|☆いわきの元気な企業紹介コーナー☆ Vol.103
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 このコーナーでは、いわきの元気ある会員企業をご紹介しております。
本日、紹介する企業はこちらです!

■企業名:株式会社 貴千

■キャッチフレーズ:
福島県いわき市から海を中心とした食のつながり、人のつながりを大切に、
心を込めておいしい海の幸をお届けします。

■会社の特徴:
昭和38年創業、いわき市永崎にある、かまぼこ製造販売企業です。
長年『板かまぼこの生産量日本一』を誇ったいわき市で、当社も板かまぼこを
中心に展開しておりましたが、近年はバラエティー豊かな練り物製品を開発、
販売しております。
昨年の11月に販売を開始した『さんまのぽーぽー焼風かまぼこ』は、いわき沿岸部の
さんまを使った郷土料理、『ぽーぽー焼き』をかまぼこで再現した新商品です。
この商品が、小名浜、いわきの復興のシンボルとなるように。と、熱い気持ちを込めて
作りました。

--- お知らせ ---
弊社のショッピングサイトがオープンしました。
http://www.komatsuya3rd.com
サイトでは贈答品用のギフトセットも取り扱っておりますので、是非ご利用くださいませ。
これからも心を込めておいしい海の幸をお届けします。

■株式会社 貴千の連絡先はこちらです↓
サイト担当者:高木市之助
電話番号:0246-55-7005
E-mail:info@komatsuya3rd.com
貴千ショップサイト:http://www.komatsuya3rd.com

※当協会では会員企業紹介コーナーへの掲載企業を随時募集しております!
企業のキャッチフレーズ、アピール文を記入し、下記ICSN事務局までメール又は
FAXでお送りください。この機会に、あなたの企業を紹介してみませんか?

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┃発行元 : 公益社団法人いわき産学官ネットワーク協会(ICSN)事務局
┃住 所 : 〒970-8026 福島県いわき市平字田町120番地
┃       LATOV6階 いわき産業創造館内
┃TEL   : 0246-21-7570     FAX  : 0246-21-7571
┃E-mail : iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp
┃URL   : http://www.iwaki-sangakukan.com
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┃※配信の登録、及び解除については、こちらからどうぞ↓
┃ http://www.iwaki-sangakukan.com/m_magazine/
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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2019.03.02
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┃   平成30年度補正
┃  『ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金』
┃  公募開始 並びに 公募説明会開催のご案内

┃   主 催:福島県中小企業団体中央会
┃ 
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◇◇◆◆福島県中小企業団体中央会からのお知らせです◆◆◇◇

 平成30年度補正『ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金』の公募
を以下のとおり開始いたしましたのでご案内いたします。
 本事業は、中小企業・小規模事業者等が、認定支援機関と連携して、生産性向上
に資する革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備
投資等を支援するものです。
 また、併せて、事業者の方等を対象とした説明会を下記のとおり開催いたします。
事業の利用等を検討している方はぜひご参加下さい。なお、参加を希望される場合は、
参加申込書をFAXで送信下さい。

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|(1)公募について
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■概 要
 公募要領等の詳細は、以下の公募案内ページをご覧ください。↓
 http://www.chuokai-fukushima.or.jp/Monozukuri/mon22.html

■公募期間:平成31年2月18日(月)~
             一次締切:平成31年2月23日(土)【当日消印有効】
             最終締切:平成31年5月 8日(水)【当日消印有効】

※経営力向上計画の認定を受けている(認定申請中を含む)企業については、
審査において加点となります。経営力向上計画の認定取得については、本会に
お問い合せいただくか、下記、中小企業庁ホームページをご確認ください。↓
 http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kakushin/nintei/index.htm

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|(2)公募説明会の開催について
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■日 時:平成31年3月14日(木)13:30~16:00

■場 所:いわきトラック事業協同組合 研修室(いわき市泉町下川字大剣1番130)

■内 容
(1)平成30年度補正『ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金』の
   概要、申請方法等について
(2)質疑応答
(3)個別相談(希望される方は、所定の参加申込書にご記入してください。)

■申込方法
所定参加申込書に必要事項をご記入の上、開催日の前日までにFAX(024-572-6841)
にてお申込み下さい。定員になり次第締め切りますのでお早めにお申し込み下さい。
(定員80名)

※所定参加申込書は下記よりダウンロードして頂けます↓
 http://www.chuokai-fukushima.or.jp/Templates/PDF/H30koubofax.pdf

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|(1)・(2)お問合せ・お申込先
└────────────────────────────────────
 福島県地域事務局(福島県中小企業団体中央会)
 〒960-8053 福島市三河南町1-20 コラッセふくしま10階
 TEL:024-572-6840 FAX:024-572-6841

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|☆いわきの元気な企業紹介コーナー☆ Vol.102
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 このコーナーでは、いわきの元気ある会員企業をご紹介しております。
本日、紹介する企業はこちらです!

■企業名:株式会社ムラコシ精工 ファインコンポーネンツ事業部 勿来工場

■キャッチフレーズ:
未来を思考する限りない情熱とオリジナリティ

■会社の特徴:
当社は主に自動車用精密機能部品(ブレーキ、エンジン、ミッションなどの部品)を
製造販売しております。材料の発注から熱処理・表面処理まで、全ての工程を
一貫して自社内で行い、Q・C・Dの管理を徹底し、お客様のニーズに幅広く対応すること、
高精密・高品質の製品をお客様に提供しています!
また、系列に属さず、日本全てのメーカーさんに、当社の精密部品をご使用いただいて
おります!詳細などは下記連絡先まで、お気軽に連絡下さい!   

■株式会社ムラコシ精工 ファインコンポーネンツ事業部 勿来工場の
連絡先はこちらです↓
担当者:総務部課長 瀧澤 勉
電話番号:0246-65-3177
E-Mail:t-takizawa@murakosi.com

※当協会では会員企業紹介コーナーへの掲載企業を随時募集しております!
企業のキャッチフレーズ、アピール文を記入し、下記ICSN事務局までメール又は
FAXでお送りください。この機会に、あなたの企業を紹介してみませんか?

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┃発行元 : 公益社団法人いわき産学官ネットワーク協会(ICSN)事務局
┃住 所 : 〒970-8026 福島県いわき市平字田町120番地
┃ LATOV6階 いわき産業創造館内
┃TEL : 0246-21-7570 FAX : 0246-21-7571
┃E-mail : iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp
┃URL : http://www.iwaki-sangakukan.com
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┃※配信の登録、及び解除については、こちらからどうぞ↓
┃ http://www.iwaki-sangakukan.com/m_magazine/
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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2019.03.01   
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第24号」(初めての海外生活24)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第24号」(初めての海外生活24)◇

富岡の歴史と初めての中国生活⑩
                   佐藤忠幸
 毎日寒暖の差が激しく老人には厳しい昨今です。
富岡川せせらぎ緑道では、梅がほぼ満開となりました。
何本かの白梅の中に一層華やかな紅梅が目を楽しませてくれます。
それらを見ると何となく得したような気分になりますね。
気がついたら我が家の梅も咲き始めましたよ。一層楽しみです。

 最近「横浜市金沢区富岡」の激変している歴史を、金沢区の各種歴史講座で学んでおり、それを基に調べたいくつかのエピソードを報告いたします。
併せて、私の中国生活について報告いたします。

【日本三景にも劣らなかった金沢区の海岸】
 最近数回横濱金沢文化協会主催の講演「金沢八景の成立とその歴史」を受講し、その歴史と素晴らしさに感嘆したものです。
日本を代表する景勝地としては「日本三景」が知られています。
日本三景とは、江戸初期からいわれた日本を代表する三つの景勝地のことで、宮城県中部の松島,京都府北部の天橋立,広島県南西部の厳島(宮島)の3つをいいます。
いずれも主要街道沿いの海岸にあり、松島は多くの島々の海食崖と松の風情、天橋立は宮津湾に突き出た白砂青松の砂州、宮島は弥山(みせん)の原始林を背景に瀬戸内海に浮かぶ厳島神社の風光それぞれ称えたものです。どなたも一度や二度は訪ねたことがおありだと思います。
私も何度も行っていますが残念ながら天橋立だけは未だ行っていません。
最近になって金沢区の海岸がその日本三景に負けなかった景勝地だったことを知り驚きました。
現状の富岡海岸や金沢八景を見ても、日本三景に匹敵する景勝地だったとは想像も出来ません。
〇〇八景と言われる景勝地はあちこちにありますが、著名なのは近江八景と金沢八景だけのようです。

【金沢八景は中国が起源】
〇〇八景と言われるおおもとは、明朝清朝時代に中国から伝わった「西湖十景」と「瀟湘八景」をモデルとして命名されています。
西湖は浙江省杭州市にあります。瀟湘とは湖南省を流れるふたつの河(瀟水・湘水)が合流して洞庭湖という大きな湖にそそぐ地域をこう呼んでおり、いずれも中国有数の景勝地として今でも有名です。
西湖は上海から行き易い為3度ほど行き、洞庭湖も行ったことがあります。
それらをモデルとして命名されたなかで最も著名なのが金沢八景です。
全国を旅した水戸黄門(徳川光圀)ですがあれは小説のなかでのお話しで実際はほとんど旅したことは無いそうです。しかし、金沢八景にだけは本当に旅して旅行記を表しており、名声を高めるのに一役買っています。

【金沢八景図は江戸城内にも】
 金沢八景の命名者は、中国明代の僧、心越(しんえつ)禅師です。
心越は元禄時代、徳川光圀に招かれて、水戸祇園寺の開山となった人です。心越が金沢に来たのは、元禄七年(1694)といわれています。
心越は再び見ることのない故郷の杭州西湖を偲びつつ、金沢の能見堂からの眺望を瀟湘八景になぞらえて次の8編の漢詩を詠みました。
「洲崎晴嵐(すざきのせいらん)」
「瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)」
「小泉夜雨(こずみのやう)」
「乙舳帰帆(おつとものきはん)」
「称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう)」
「平潟落雁(ひらがたのらくがん)」
「野島夕照(のじまのせきしょう)」
「内川暮雪(うちかわのぼせつ)」

 この後急激に有名となり、「金沢八景図」として歌川広重などに度々描かれました。
この絵図は東海道絵図同様に人気を呼んでいます。
驚いたことに、江戸城御殿の大広間の襖に金沢八景図が描かれていました。
もちろんこの御殿は焼き落ちてしまいその写ししか残っていませんが、この程新築した金沢公会堂に復元したその襖が展示されていましたので是非ご覧ください。
私の第二の故郷と言ってもよい富岡周辺の海岸風景が、江戸城中にこれほど美しく立派に描かれていたのか「なるほど!これなら日本三景に負けないな」と誇りに思ったものです。
しかし、江戸の人口が増え、江戸湾が次から次に埋め立てられ江戸市中が広くなり発展すると同時に周辺都市もその必要性が増しました。
横浜港付近だけでなく、富岡、金沢八景周辺の海はことごとく埋め立てられ、当時の面影がほとんど消え、昨今では何処が八景だろうかと場所の特定も難しい状況です。
 
そこで、金沢区制60周年を記念して、平成20年に「新金沢八景」を、多くの区民参加で選定されました。
「春色(しゅんしょく)」:西柴の桜トンネル※現在植替えて若木です
「潮干(ちょうかん)」:海の公園の白砂青松
「展望(てんぼう)」:海と緑を辿るシーサイドライン
「一望(いちぼう)」:金沢自然公園からの眺望
「彩色(さいしょく)」:八景島の紫陽花
「白帆(しらほ)」:横浜ベイサイドマリーナの夕景
「古道(こどう)」:朝比奈切通し
「梅花(ばいか)」:能見堂跡
 残念なことに、選ばれた名所の殆どが人工の海岸や景色で、能見堂跡だけが昔からのものですがそこからの景色は昔と全く異なります。
能見堂跡および海岸風景の変遷については次号で。


【無管理会社に愛社精神は育たない】
 中国企業には愛社精神が育たないと言われますが本当でしょうか?
確かに大多数の中国人は、会社そのものよりも上司や経営者を見て勤務し、仕事をし、人に忠誠心を持ち、組織には忠誠心は欠けています。
そして、愛社精神のない会社の社員は、会社が儲かることよりも自分が儲かる方法を選ぶのも事実です。
自分の給料は、自分が働いて得た当然の結果であり、会社から自動的に振り込まれるものであり、会社や上司に感謝の念はないという者が多いことも確かです。
しかし、社員をそういう考えにしたのは経営者であるという自覚がありません。
社員をけなしたり嘆いたりする前に自分の経営理念が間違っていた或いは教育不充分だったという反省が必要です。

 私が中国で最初に経験した、上海のT社も私が赴任した当初は、愛社精神はゼロでした。
しかし、いくら会社を嫌っても自ら辞める者はいなく、クビと言われるのを待っていました。
懲戒解雇でない限り、会社から解雇を言われたら退職金をもらえるからです。
再就職が難しい中年族は何が何でもすがりついていましたが・・・。
 
 もちろん、T社には尊敬された経営者も管理者もいませんでした。
部下への接し方も一方的な指示・命令だけですからね。
 とにかくこの状態でまともな経営が出来る訳がありません。
そこで、意識改革のための社員教育が始まり、社員の意思統一を図るためのスローガンを作って唱和してもらいました。

【脱同族企業に向かう】
 私のT社への入社面接で、T社長から私への期待は次の2点だと言われたことは最後まで忘れず、そこへ向かって挑戦をしていました。
1、同族会社のT社を近代的な会社に立て直し、株式の上場をするのに協力して欲しい。
2、オンボロ会社の上海T社を立て直して、T社の株評価額を上げて欲しい。
 上海T社は約束通り約1年で黒字会社に生まれ変わらせ期待に応えたと思います。
 一番目の期待には上海にいたのでは難しい課題でしたが、偶然に入社後まもなく、T社長の父親である会長が亡くなりました。
その結果、会長のご兄弟たち(T社長の叔父や叔母たち)はT社長の力で比較的スムーズに排除出来ました。しかし、最大のネックはT社長の弟であるT常務を排除するのは難解です。
何故なら母親が健在だったからです。出来の悪い息子程可愛いわけです。
上海のT社が大赤字で数十億円の離籍赤字を産んだのもT常務の責任です。
したがって、上海T社の会長を兄貴のT社長に譲り、副会長に退かされました。
同時に、常務子飼いの上海T社社長を外して、私にとって代わられました。
結果T常務は、ほとんど仕事は有りませんので、上海に来ては食堂などで駄弁っていました。
そのよき話し相手が私の指示でクビにした運転手であり、冷遇された(と思っている)出向者K氏でした。

【出る杭は打たれる】
 その様な時の2年目の春に出向者から次の要望が出ました。
「T社は近い将来上場し、そこに向かって持ち株会を作ったそうだ。自分たちも入りたいので社長に頼んで欲しい」とのことです。
早速、T社長が訪中した時それをお願いしたら快く引き受けて下さり「管理部長に直ぐに手続する様に指示する」とのお答えでした。
ついでに「私も持ち株会に入れてください」とお願いしたら、一瞬考えて「佐藤さんはその必要ありません。秋になったら一定の株を持ってもらいますから」とお答えでした。
即ち、秋の株主総会で私を取締役に推挙するというわけです。
それから1~2か月後、T常務の私への態度が急激に変化してきました。
T社長が私を取締役にすることを話したのでしょう。
しかも私が心中に思っていること、すなわち「T社のネックはT常務だ」を察したようです。
私を役員にしたのでは、彼のお気に入り運転手やK氏の次は自分のクビが危なくなると恐れたようです。
あることないことをT社長に吹き込み、日本人出向者を常務権限で抱き込み、私を排斥する様に仕向けたのです。
 T社長から解雇を告げられた時、私は一切反論しませんでした。
強固な信頼関係で結ばれていたと思っていたT社長の「弟大事」という姿勢にがっかりしたからです。
後ほど、私をT社に紹介した人材会社の社長が、新年賀詞交歓会でT社長にお会いした時、T社長から「佐藤さんを辞めさせたのは大失敗だった。彼が悪いのではなく会社が悪かったのですよ」と言われて「留飲を下げた」と電話が有ったのにはホッとしたものです。

 脱同族企業をしたいとT社長が言っておられたことについては、T社長の叔父や叔母関係者はすべて排除したまではよかったのですが、兄妹達を排除するまでには至らず、挙句の果てに娘三人(男の子はいない)あるいはそれの連れ合いを役員にしてしまいました。
長女の連れ合いを常務に、次女を三代目社長とし、三女を上海T社の社長にしたのです。
いずれにしても「脱同族企業」というのは、両親一族の排除だけという中途半端な状態で終わってしまい、この経営姿勢のためか株式上場は10年も遅れてしまいました。

 日本も世界も一流企業の全てが脱同族経営をしています。
一部に創業者一族が残っていたとしても経営にはタッチせず、資本家としての立場を貫くだけです。
トヨタなど一部の企業で創業者の末裔が社長に就いた事例はありますが、これは創業家だからと言うよりも適任だからでしょう。
実力主義を踏み外した企業や団体の末路は明確ですね。

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佐藤忠幸/Sato Tadayuki 
TEL&FAX 045-771-1745 MP 080-5467-4187
E-Mail: tada-sato@mvb.biglobe.ne.jp
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┃発行元:公益社団法人いわき産学官ネットワーク協会(ICSN)事務局  
┃住  所:〒970-8026 福島県いわき市平字田町120番地
┃     LATOV6階 いわき産業創造館内
┃TEL    : 0246-21-7570      FAX    : 0246-21-7571
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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2019.03.01   
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第23号」(初めての海外生活23)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第23号」(初めての海外生活23)◇

富岡の歴史と初めての中国生活⑨
                                         佐藤忠幸
 大寒も過ぎて将に真冬となりました。
富岡川せせらぎ緑道では、サザンカだけが咲き続けています。長寿ですね。
そういう中で夏ミカンの鮮やかな黄色が目立ちます。
普通のミカンは熟したら直ぐに小鳥に食べられるのですが、夏ミカンは食べられません。
皮が厚くて酸っぱいからのようで、小鳥は賢いですね。

 プール通いで最近気になることがあります。
それは介護付き(夫婦)で通うペアが三組だったのが最近一組に減ったことです。
以前いたのは、足が不自由で車椅子の方が二組、認知症が一組の合計三組で何れも介護を受ける方は奥様です。
それが今出会うのは足が不自由な一組だけです。
奥様がプール通い不能となったのか、ご主人が介護できなくなったのか、どちらにしろ寂しいことです。
二人で通えることの歓びを感じてもらいたいものです。
そして、いつまでも、介護されるよりも介護できる体調を保ちたいものです。

 最近「横浜市金沢区富岡」の激変している歴史を各種の講座で学習しています。
そこで得た知識を基に調べたいくつかのエピソードを報告いたします。
併せて、私の中国生活について報告いたします。

【福沢諭吉子孫の別荘があった富岡】
 近所の富岡小学校は明治6(1873)年に作られた富岡学舎が基という非常に歴史の長い学校だということは前号で報告しましました。
明治6年というと、戊辰戦争と西南戦争の中間であり西郷隆盛はじめとした英雄が大活躍した日本革命の真っ最中で、よくもそんな時期に学校を作ったものだと明治維新政府の先見性に感服したものです。
 関東学院大学の歴史講座で明治維新について学んだのですが、その思想的中心人物が福沢諭吉だということを改めて認識できました。
その福沢諭吉家の別荘が現在の富岡小学校の近所にあったことが分かったので驚いて調べました。
なおも驚いたことは別荘が二軒もあったことです。
1910年頃(大正の始め頃)、福沢諭吉の娘の房(フサ)と弟の福沢辰三のために富岡に別荘が建てられました。
京急富岡駅の横に京急ストアがありますが、その奥に福沢辰三の別荘が作られ、現在の富岡小学校の近くの別荘には房とその子「駒吉」が住みました。
二軒とも今は何もなく伝説的な存在となっています。
しかし、房の夫(養子)の福沢桃介は電力王と呼ばれた実業家であり、その息子の福沢駒吉は大正から昭和初期にかけて活動した実業家として有名であるため、記念の標識も作られましたが、私有地のため今では見られないのが残念です。
 ちなみに福沢諭吉の生涯を簡単に記すと下記の如くとなります。
   <福沢諭吉の生涯>
●1834年(天保5年)大坂・堂島にある中津藩蔵屋敷で生まれる。
●1855年(安政2年)大坂の緒方洪庵の適塾へ入門。 2年後、塾頭に。
●1856年(安政3年)兄三之助が病死したため中津に帰り福沢家を継ぐ。
●1858年(安政5年)藩命で江戸へ出府、
 中津藩中屋敷に慶應義塾の起源となる蘭学塾を開く。
●1859年(安政6年)横浜見物を契機に独学で英学を学び始める。
●1860年(万延1年)咸臨丸で渡米、帰国後幕府の外国方に雇われる。
●1862年(文久2年)幕府の遣欧使節団に随行して、欧米各国をまわる。
●1868年(明治1年)塾名を「慶應義塾」と定める。
●1882年(明治15年)日刊新聞『時事新報』を創刊。
●1901年(明治34年)東京・三田の自邸で死去。享年66歳。
 徳川幕府時代は、藩や幕府に仕えていたのが、明治維新となってからは民間人で通したことが彼らしいな感じたものです。
しかし、大ベストセラーとなった「学問のすゝめ」をはじめとする多くの著作と慶應義塾の教えで国政に強い影響を与えています。
それが、学校制度の制定と富岡小学校を産み、多くの実業家を産み、富岡が別荘地帯ともなったのでしょう。不思議な縁を感じます。

【一万円札最長記録の福沢諭吉】
 福沢諭吉というと、一万円札を思い浮かべます。
一万円は日本の最高額紙幣で、そこに描かれた肖像画は聖徳太子と福沢諭吉だけです。
聖徳太子像は1958年から1984年の26年間も用いられ、この記録は絶対的だと思っていたのですが、それを継いだ福沢諭吉像は既に35年も経ち大記録保持者となってしまいました。
2004年にニセ札防止のためのデザイン変更はされましたが肖像画そのものは変わっていません。
国家元首でもないのに凄いことです。
 彼の著作『学問のすゝめ』では、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と身分社会を批判し、生まれがどうであっても学問に励めば高い地位につけるような社会にすべきだと説きました。
このような考えに至ったのは、かつて下級武士の子というだけで冷遇された経験が影響しているともいわれます。

 そして、二度にわたる渡欧で当時の日本は、今とは比べものにならないほど貧しく遅れていたことを実感しています。そのなかで、自分が金持ちになろうというよりは、日本をもっとよくしようという気持ちを強く持ったのでしょう。
聖徳太子の「和をもって尊しとする」精神から福沢諭吉の「独立自尊」の精神へ。
それが今、国民一人一人に求められている精神なのだと思います。

 余談ですが、福沢諭吉はベビーカーの初輸入者でした。
1867年(慶應3年)幕府の遣欧使節団に随行した帰りに子供への土産として持ち帰ったのが日本最初のベビーカー(乳母車)です。
この実物は慶応義塾福沢研究センター(慶応大三田キャンパス)に所蔵されています。
諭吉の伝記には、門下生が諭吉の子を乗せて何度か街なかを歩いたという門下生の談話が載っています。
しかし、尊王攘夷で騒然としている江戸市街でハイカラな乳母車をどれだけ使えたかは疑問ですね。
その乳母車からヒントを得て、幌つき人力車が生まれたとも言われています。
幌つき人力車は、大正から昭和にかけて流行し、中国はじめ世界中でも使われました。


【クビ切れない人事課長はクビ】
 上海T社に私が赴任時の人事課長は、以前合弁会社時代に合弁相手から派遣されたエリートR氏で、T社唯一の課長職でした。
しかし、R氏は無能でしたので、合弁解消後も相手会社は引き取らないので暫くそのままにしておきました。
ある時、どう見ても不正を働いた運転手を見つけました。
不正内容は省略しますが、確証は無いものの不正は間違いなく行ったと思われました。
そして管理者と間接部門のほとんどの者が「不届きな奴だ」という話で持ちきりでした。
しかしR氏は証拠が無いからと言って何もしません。
その運転手をそのまま放置しておいては悪影響が強いので、R氏を呼び「あの運転手を即座に契約解除して15時までに退社させろ、その為の予算は2千元だ」、「これが出来なければ君はクビだ」と言い渡しました。
辞めさせるのに予算があるということは、会社都合でも何でもよい、理由は何でもよいからクビ(契約解除)しろということです。
1時間後、運転手が退職届を持って挨拶に来たのでホッとしたものです。
 それから暫くしたら、「不正を働いたあの運転手はやはりクビになった」という噂が浸透しました。
その結果「T社は不正をしたりして悪いことをすると直ぐにクビになるぞ」、「逆に真面目な奴が損をしたりバカな目を見るということは無いぞ」という評判がたって結果はよかったと思います。
まあ、2008年の労働契約法施行後はそう簡単にクビには出来なくなりましたが、中国のことですから裏道はいくらでもあるでしょう。
 しかし、このことが将来自分に跳ね返ってくるとは思いもしませんでした。

【最高のリーダーほど教えない】
 最近「最高のリーダーほど教えない」(鮎川詢裕子著、かんき出版)という本を著者からいただきました。久しぶりに出会った名著で、
〇最高のリーダーは「教えない」で「気づかせる」
〇部下を気づきに導く「かかわり方」
〇部下を気づきに導く「聴き取る力&質問力」
〇「気づき」を行動に変える 等々
管理者や経営者ならずともご家庭でも参考になることが一杯です。

 その必要性を上海のT社で痛感した事例が多々ありました。
私が社長として赴任した当時のT社は大赤字で、存続が危ぶまれた会社です。
建て直しのためには技術指導も必要だということで工場各部門から選抜して3名派遣してもらいました。
(後から本社の人に聞くと、存続の危ういT社への派遣はどこも消極的で、はみ出し者しか出してもらえなかったそうです。)
はみ出し者であろうが無かろうが無関係に、彼らの力を100%出してもらおうと、また中国人幹部を育てようとして、日本人派遣者は全て技術顧問として組織から外し、「成功は中国人の成果、失敗は日本人の指導ミス」の思想を徹底しました。
これは、K氏が赴任するまでは成功したと思います。
K氏とは、本社工場の分工場の工場長でしたがはみ出してしまい、T社に押付けられた者です。
K氏はT社へ派遣されても工場長に拘っていましたが、既に中国人製造課長を工場長に向けて育てている最中ですので、会社組織外の顧問団長としました。
しかし、K氏は組織を無視し、親会社の権威をカサに着て指示命令を頻発し、中国人管理者と衝突ばかりしました。しかも、指導という名目で「ああせい、こうせい」の一方的な指示ばかりで、何の為にそれをするのかも教えません。
だから親会社の分工場から追い出されたのかと分かりました。
年齢のせいか頑迷でいくら教えても、注意しても聞いたふりをするだけで大いに困ったことを思い出します。
当時に「最高のリーダーほど教えない」のノウハウがあれば助かっただろうなーと思ったものです。

 組織や人を育てなく、組織の維持継続をはかるだけという、現代日本の現状においてこの本の教えは最も必要な事柄だなと思います。

 今年も駄文・長文で申し訳ございませんが宜しくお付き合いの程お願いいたします。

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