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「今だから話せる佐藤のコラム 第19号」(初めての海外生活19)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2018.09.30   
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第19号」(初めての海外生活19)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第19号」(初めての海外生活19)◇

富岡の歴史と初めての中国生活⑤
                              佐藤忠幸
 異常な暑さが続いた後は、すっかり秋の気配というか涼しい毎日です。
富岡川せせらぎ緑道のムクゲは「白い花は殆ど散ってしまい」と先月報告しました。
もう花は全て落ちたかと思いきや、猛暑が過ぎ去ったらすっかり元気を取り戻し、白も薄紫も再び花盛りとなりました。
サルスベリ(百日紅)以上に長寿命だなと驚いています。図鑑で調べたらどちらの花も7月~10月が開花期で同じでした。
一昨年、我が家にもムクゲの苗木を植えやっと今年から咲き始めましたが、散り始めたら花期が終わっただろうと思って9月早々に剪定してしまったことが悔やまれます。

いつものプールへ行ったら、学校の夏休みが終わったというのもありますがガラガラで、このままでは経営破綻するなと要らぬ心配をしています。
プールへの往復道路沿いにはイチョウ並木があります。それが黄色く色づき始めて驚きました。
さらに驚くことは、その銀杏が一面に落ちていたことです。時期的には早すぎるのか殆どが小粒なのが可哀想な気がします。
それらの木の根周りには紅色の彼岸花が満開となっています。
晩秋となるには早すぎるし、植物もさぞかし困惑していることでしょうね。

 「横浜市金沢区富岡西」の歴史は激変していますので、エピソードを報告いたします。
併せて、私の中国生活について報告いたします。

【富岡に飛行場があった】
 前号にて、横浜海軍航空隊基地が富岡に在りその周辺に軍需工場が在ったせいで富岡が空襲に遭ったことを報告しましたら、数名の方から「えーっ、富岡に飛行場があったの!」とのお便りがありましたので、今号はそれについて報告いたします。
航空隊基地というと飛行場を連想するのは当然ですが、ここ横浜海軍航空隊は日本で初めての飛行艇による航空隊ですから長い滑走路はありません。
飛行艇とは、海面や湖面という平らで広大な水面を利用して発着でき、滑走路などの大規模な飛行場設備が必要なく小さな島にも飛べることが特徴です。

 横浜海軍航空隊は、1938年(昭和12年)に創設された帝国海軍最大の飛行艇部隊です。
長距離航続性能を誇る大型飛行艇で編成され、任務は広大な外洋の哨戒偵察です。
この部隊の主力であった二式飛行艇は、当時の世界最高水準の性能を誇り、その高速と火力、防御力ゆえに、連合国軍から「空の戦艦」と恐れられていました。戦後にアメリカ軍が接収した機体の性能確認試験を行い、最優秀の評価を与えた話は有名です。
現在、海上自衛隊に配備されている救難飛行艇US-2は、この二式飛行艇の直系にあたり、やはり世界最高水準の性能として有名です。

 昭和16年の開戦と同時に部隊は、北はアリューシャン列島から、南はガダルカナル諸島まで、太平洋全域に進出し活躍しました。
しかし、昭和17年8月にはガダルカナル諸島での戦闘でアメリカ海軍機動部隊の襲撃で全滅し、大半の兵士が亡くなりました。
富岡基地内に横浜の総鎮守である伊勢山皇大神宮の分霊を遷し「鳥船神社」と称して祀り、戦後は戦没者の鎮魂と恒久平和を祈念して「浜空神社」として復興し富岡総合公園内に造営され、神社には全海軍飛行艇隊の戦没者殉職者約二千柱の御霊(みたま)が合祀されました。
しかし、浜空神社はあくまで民営で政府自治体の補助・保護はありません。
元隊員ら関係者の高齢化に伴い維持が困難となり、平成20年(2008)に追浜(おっぱま)の雷(いかづち)神社に合体移転してしまいました。
現在、富岡には「鎮魂碑」が設置され、英霊の鎮魂の場として慰霊祭が細々と挙行されているだけです。 

 敗戦後の航空隊跡は、米軍の通信基地とされ、朝鮮戦争やベトナム戦争では、近くの日本飛行機株式会社(今も近くに大工場があり)と連携して補給基地ともなりました。
返還後の航空隊跡は、三分割されて国家公務員住宅(何故か今は全て空き家)や、神奈川県警察機動隊の大規模な基地となり、山を含んだ大部分は富岡総合公園となりました。
公園の見晴し台に上れば、眼下に埋立地を見渡し、東京湾を隔てて房総半島の山々を望めます。 
景色そのものは全く平和そのものですが・・・・?

【スローガンに向かう】
 上海T社は「中国NO1の容器会社になる」という大それたスローガンに向かって走り出しました。
そのために「QCDVS活動の徹底で活力ある工場作り」をしました。
QCDVS活動とは次の5つです。
「①Quality:品質向上、②Cost:原価低減、 ③Delivery:納期厳守、④Variety:品揃え、⑤Service:お客の心を掴む」

[品質向上]のために、工場改装と社員の意識改革を柱とした改革と社員教育を徹底したことは既報のとおりです。

[原価低減]のためにやったことは簡単です。
 まず、月次決算と製品原価の監督者以上への公開です。
それまでの財務(会計)課は、決算書を作成して社長および本社財務部に提出し、納税するだけだった役割を、決算数字の解説と課題・対策案を各管理監督者へ説明することを主たる役割に変えました。
これによって財務責任者の成長も著しいものがありましたが、決算数字を初めて見た管理監督者の意識改革と成長は素晴らしかった様に思います。
そして初めて「自社意識」が芽生えました。決算数字は社外秘であり取り扱いには注意が必要ですが、だからと言って財務課長と社長以外は「見ない、見せない」というのは大きな間違いだと思います。
さらに、原価の中身を監督者の皆が理解し、それらを自分たちのものとして改善意欲が出てきたことは大きな進歩で、無駄な出費は劇的に減りました。
細かい指示は不要でした。

[納期厳守と品揃え]は難しい課題でした。
 いくらよい物を安く早く作っても、顧客がその時に欲しがる物でなければ売れません。
欲しがってもらえる物をタイミングよく次から次に出さなければ売り続けることは出来ません。
特に容器はデザインが勝負でもあり、変化が激しいものですから尚更です。
このため、デザインは日本本社中心にやってもらいましたが、それの金型は中国調達に変えました。
頻繁にタイムリーに格安に金型を入手するためには中国現地で調達することがカギになると考えたからです。
しかし金型を自社で作ることは一朝一夕には無理ですので、金型業者開拓を私が中心となって行いました。
何故自分自身で?それは次の機会に。

[お客の心を掴む]ことは意外に簡単でした。
 サービス精神のない中国人にそれを教えることは難しいように見えますが、実は日本人に教える方が大変でした。
以前にも書いたように、T社の中国人は何の意識もなく惰性で働いているだけでしたので、「こうする!」、「こうあるべきだ!」、「こうすべきだ!」の私の声に共鳴したら直ちに行動に移してくれました。
日本人は「我が社の伝統はこれだ」、「こうすべきと先輩から教わっている」、「方法や方針を変えてそれで失敗した責任は誰がとるの?」などと行動の前に議論ばかりで、結局新しいことは何もしません(出来ません?)。
お客様への姿勢も同じで「買っていただく」というのは言葉だけで本音は「何としても納期どおり納入し、金を稼ぐ」だけです。

だから日本では、大会社であっても出荷検査データを誤魔化すことに抵抗が無いのかもと思ってしまいます。
そこで、日本人を中心とした幹部教育が始まりました。

【幹部教育の開始】
 中国人管理者と日本人出向者への教育は次の「管理者の必須条件七つ」を基本として勉強会を行いました。
1 伝達能力:部下・同輩・上司からの依頼・指示事項の納期管理・経過確認・報告厳守。・・・「伝える」とは、相手がそれによって行動する、或いは、相手が変化(影響)して初めて完了。
2 目標指向能力:常に、より高き(努力し、工夫すれば達成可能な)目標を掲げてそれに挑戦。・・・会社や職場の目標と、自分の目標との常時擦り合わせ。
3 方法発見能力:目標を達成する為の障害を如何に取り除くか、その解決策または方法を発見する力。
4 部下育成能力:部下の(欠陥を補う)良いところを発見しそれを伸ばす。・・・粘り強い根気と周りから尊敬される人格・知識が必要。
5 組織能力:集団化及びチーム活動の強化。・・・個人の力より、チームの中にいる個人の力は大きくなければならない。
6 動機付け能力:個人個人のやる気を引っ張り出す。・・・どの方向へ向うか指導。
7 自己革新能力:自分が欠けているところを如何にして直そうとするか,決意と実行・学習。
これらの研修には「グループディスカッション」が絶大なる効果を発揮しました。

【幹部教育に続いて管理監督者教育も】
 管理監督者向けの教育内容は、以前報告したとおり当時の日本では当たり前のものばかりですが、中国人だけでなく日本人出向者にも受講させました。
日本では研修教育は無かったようで、最初は「何で今更」という姿勢でしたが、その内に未知の内容でしかも必須内容ばかりであったことに気付き熱心に受講してくれました。
彼らはやっと、T社以外でも働けるスカウトの対象レベルになったといえます。
そして、特に中国人管理監督者は学んだことは直ぐに実行に移してくれたことが何よりも助かりました。
彼らには、伝統も過去の習慣も、何も縛られるものがないからでしょうね。
特に優れた行動は5S運動でした。日本で生まれた世界に誇る運動ですが、日本では大会社でも(大会社ほど)名目だけの運動となっていたからです。
工場見学・視察に来られた顧客は感心して帰られ直ぐに受注につながりました。
工場がきれいかどうか、管理状態が良いか悪いか、だけでな働く社員の目つきや意気込みは外部の人(第三者)であれば直ぐに分かったようです。


 戦後日本の高度経済成長を支えたのは、敗戦を反省し謙虚にアメリカから学び様々なものを導入したことが大きな要因だと思っています。
特に電気・電子・機械などの技術と「社員教育システム」です。
その詳細はまたの機会に報告しますが、現在はその教育精神を忘れていることが残念です。
そして、日本にとって何よりも惜しかったことは、経営方式や経営精神を輸入しなかったことです。
だから崇高な精神で経営していた創業者が亡くなり数代目になるとダメな会社になってしまったような気がします。
ジョージアのコーヒー飲料のCMを見て「経営者にものを言える社員がいたとは嬉しいなー」その苦言を「経営者が素直に聞く姿勢があるとは日本も大丈夫だなー」と一安心しましたが。

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