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「今だから話せる佐藤のコラム 第11号」(初めての海外生活11)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2018.01.30   
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第11号」(初めての海外生活11)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第11号」(初めての海外生活11)◇

富岡とマレーシア進出前の歴史(1)
                              佐藤忠幸
 富岡川せせらぎ緑道に花はほとんど見えませんが、梅の花はほころび始め開花間近でしょう。その中でセンリョウやマンリョウの実が色づいているのが華やかです。
この緑道は住宅街の中ということもあって動物は犬や猫しか見えませんが、我が家の裏斜面には様々な小鳥が飛んできて木の実やミカンをついばんでいます。
先日はリスも来ました。体が大きいので台湾リスだろうと思いますがペアで仲良く来てくれました。
 
 初詣としてのお出かけは?もちろん"、深川のでなく我が富岡町のご本家富岡八幡様です。
心なしか例年よりも参拝の列が長かったような気がします。
よかった!よかった!!
というように、我が横浜市富岡では比較的穏やかな新年を迎えられよかったと思いますが、皆さまは如何でしたか?

 年末年始を日本の自宅で過ごすのは何年ぶりでしょうか?
忘年会が終わったと思ったら各種新年会と忙しくやっています。
おまけに暇人だからという訳で今年は各種幹事まで任されています。
長い海外生活でも、日本での越年は何回もしましたが、正月過ぎたら直ぐに駐在先へ戻っていましたので各宴会の幹事をしたことがありません。
日程の決め方、会場選び、メンバーへの案内の仕方など全てに戸惑っています。

 以前報告しました様にここ「横浜市金沢区富岡西」の歴史は短く、しかし激変しているようで興味津々です。
今年から色々と資料を繰って調べたので簡単に報告いたします。
併せて、私が外国で暮らすこととなった経緯について元から報告いたします。
 
【横浜市金沢区と富岡町の歴史その1】
 全ての歴史というと長過ぎるので、今号は江戸時代までを辿ります。

534年 武蔵国造の乱後に屯倉が置かれた武蔵国倉樔(くらす)が、金沢区の前身の久良岐郡と言われ、これが金沢区の歴史の始め。
1192年 源頼朝、富岡八幡宮の建立。鎌倉の表の鬼門封じとした。
1246年 北条実時が金沢別邸内に持仏堂(阿弥陀堂)建立。金沢文庫がある称名寺の前身。
1269年 金沢の六浦湊最初となる「唐船」が到着。
1275年 北条実時が政務から引退し金沢の別邸に隠棲し、金沢文庫創設。
1595年 豊島明重、徳川家康から武蔵の国 富岡郷に1700石を拝領。
1628年 豊島明重による江戸城刃傷事件起こる。
1722年 米倉忠仰が陣屋を金沢に移し金沢藩(六浦藩)が成立。
1726年 「小石川養生所」初代責任者小川笙船(赤ひげ先生)現在の金沢区六浦に隠居。 
1836年 歌川広重による浮世絵「金沢八景」が完成。
1853年.54年 ペリー黒船騒動。艦隊が金沢区小柴沖に停泊。
1858年 日米修好通商条約の調印。金沢八景島沖に停泊中のポーハタン号にて。

 横浜市金沢区の地位が定まったのは鎌倉時代からでしょう。
北条時政のひ孫である北条実時の時代から金沢北条氏の権力が急激に強くなっています。
北条実時は、4代執権北条経時、5代北条時頼政権を支えて要職を務めています。
実時はさらに8代執権の北条時宗をも補佐していますが、文永の役の翌年(1275年)には政務を引退し、六浦荘金沢(現在の横浜市金沢区)に在住しました。
称名寺を建て、蔵書を集めて日本初の武家文庫である金沢文庫を創設しています。
さらに実時の孫の北条貞顕は、短期間ではあるものの15代の執権まで務めており、金沢文庫の充実を図るなどして金沢北条氏の全盛期かもしれません。

 この金沢文庫の蔵書は北条氏の衰退ともに多数離散しました。
今は「神奈川県立金沢文庫」と名前も所管も変わって保護されています。
小さいながらも日本固有の歴史博物館として有名です。是非一度お訪ねください。
金沢文庫の蔵書には「金沢文庫蔵書印」という印鑑が押されています。
歴代の国家権力者が興味を持ったものを持ち去っていますので、各地の博物館などの蔵書や古文書にその印章がよく見られますので観察してください。
金沢文庫旧蔵書が最も保管されているのが宮内庁です。
何故かと言えば徳川家康がごそっと持ち去り、それが幕末まで江戸城で保管され明治維新でそのまま宮内庁に移管されたわけです。
家康が持ち去ったことに一時は腹が立ちましたが、だからこそ貴重な蔵書が後世にまでたくさん残ったのだろうと今では感謝しています。

 横浜市には大名がいなかったと思っていましたが、金沢区にはいたので驚きました。
1722年下野 (しもつけ.栃木県)皆川藩主.米倉忠仰が陣屋を金沢に移し、金沢藩(六浦藩)が成立しました。
忠仰は、徳川綱吉の側近である柳沢吉保の6男(4男という説もあり)です。
米倉家に養子に迎えられ出世しましたが、30歳という若さで逝去しました。
その直前に3歳の長男を9歳と偽って届けていたため騒動となったことは有名な話です。
1万2千石という小藩だったため、城郭はありませんが陣屋跡などゆかりの地は京浜急行金沢八景駅周辺に点在しています。

 金沢区に外国船が来た最初は鎌倉時代です。
金沢区六浦町に「三艘」という地名がありますが、そこは、今は単なる住宅地ですが、鎌倉時代の六浦港の主要な停泊地で、外国の大型船が着岸できるほどの船着場があったそうです。
1296年、三艘の唐船(中国の船)がここに来泊して、現在も称名寺に保存されてある一切経、青磁の花瓶、香炉などを持ってきました。その着岸したところに三艘の地名がついたとも伝えられています。
唐船には中国からの長い航海の間、積荷や食糧をネズミの害から守るために猫(唐猫)が乗せられていました。日光東照宮にある左甚五郎作の「眠り猫」にもそんな願いがこめられていたようです。
唐猫の愛らしさは評判でとても可愛がられ、今でも金沢区の千光寺に「ねこ塚」がひっそりと建っています。

 江戸時代末期にはペリー艦隊が3回も金沢区の小柴沖に来て停泊しています。
 余談ですが、小柴港は穴子(アナゴ)で有名な港です。江戸前の穴子と言えば小柴沖のそれを指しますが、今ではそれも不漁で地元産は貴重です。

 ペリーは、三浦半島の久里浜や浦賀に来て、幕府と開港と通商交渉していましたが、回答待ちの間は小柴港沖に錨泊していました。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」と狂歌に詠まれたことは習ったでしょう。
なお「上喜撰」とは高級な銘柄のお茶で、4隻の蒸気船に引っ掛けたわけです。
ペリーは、小柴沖から見る風景の美しさに驚き、この地を「アメリカン・アンカレッジ」と命名し、こよなく愛しました。
翌年の再来航時にもこの小柴沖に碇泊しています。
このときの様子を『ペリー提督・日本遠征記』は次のように記しています。
「ボートが進むにつれて、村人たちは異国人を珍しがって岸いっぱいに群がってきた。
身振り手振りで歓迎する人もいるし、飲み水やうまそうな桃をくれたものもいる。
そのうち互に煙草の火を吸いつけ合うほど親しくなった。
愛想のいい歓迎のお礼に、ピストルを発射して見せたところ、彼等は驚きもしたが大変に面白がってもいた。乗組員たちは日本人の親しみある気質や、絵のように美しい風景がすっかり気に入った・・・」と。
 3年後の再々来日時はアメリカ初代大統領・ワシントンの記念日に当たり、小柴沖に停泊中の軍艦から祝砲が打ち放たれました。7隻の軍艦から百発以上というすごい数です。
各村には触書が回っていたとはいえ轟音は山々をゆるがし、遠くは銚子あたりまで聞こえ、予告を知らなかった人々の恐怖はいかばかりだったでしょうか。

 金沢沿岸の警備には金沢藩から1200人が動員されました。
近くの海岸に陣を張り、野島山頂に見張所を設け警備にあたるなど、金沢付近は戦場のような騒ぎだったと言われます。
しかし、金沢藩が表に出た唯一の機会だったわけですが、結果は何もできませんでした。

ペリー艦隊停泊に関する記念碑は、2010年金沢区制60周年・横浜開港150周年記念事業として、小柴沖を望む八景島に設置されています。
次号から明治時代以降となり、いよいよ富岡地区中心の歴史となります。


【中小企業でありながら先端過ぎた製品】
 さて話は変わりますが、私がS社長に強く誘われて、FT技研という会社に入社したのは1981年です。
当時FT技研では自社開発した「CVC(Compact Video Cassette)方式VTR」を量産しようとしていました。
CVC方式とは1/4インチ(約6mm)幅のテープで録画再生する小型VTRです。
当時CVC方式はエベレスト頂上で撮影された世界最初のVTRとして、ベータ(β)方式とVHS方式に次ぐ、第三のフォーマットとして大いに騒がれたものです。
そのため、ほぼ全てのカメラメーカーから「是非それを売りたい」と日参してきたものです。
しかし、VHS陣営からはC-Cassetteが、β陣営からは8mmビデオが相次いで出され競争が激しくなってしまいました。
しかも当時のVHS陣営やβ陣営の主力メーカーは半導体を握っており、カメラメーカーに「CVC方式を導入するなら半導体は供給しない」と脅され、当時でもカメラは半導体による自動化が進んでいましたからコロッと両陣営に加わりました。
そのため、CVC方式は日本では教育用などごく限られたものしか売れず、ヨーロッパに活路を求めました。
そしてドイツのグルンディッヒ社から大量の注文があり、量産をするためその工場長候補として私がスカウトされたわけです。

【生産では素人集団】
 FT技研は研究開発型企業の典型で「ものづくり」に関しては全くの素人集団でした。
そのため、人員の採用、日常の労務管理から各種管理制度作りと体制づくりを行い、工場としての体制づくりと量産立ち上げを図りました。
もっとも欠けていたのは協力工場の管理です。したがって業者選定のし直しまで行いました。
 入社2年目、生産が軌道に乗り、いよいよ本格大量生産だという時になったら、突然グルンディッヒ社から注文キャンセルされました。
グルンディッヒ社がフィリップス社に買収されたためです。
フィリップスのVTRは自社フォーマットを捨てて、VHS方式に切り替えたばかりです。
グルンディッヒ社を買収した以上はCVC方式をVHS方式に切り替えさせることも自然な流れだったようですが、キャンセルの仕方がひどく思われました。
このため多くの取引会社に多大なご迷惑をお掛けしました。
 社内的に最大の問題は人員の削減などの労働問題です。
労働者代表組織まで作りストライキを防止しました。
工場に赤旗を立てられたら銀行融資は一発で止められるのが当時の世相だったからです。
紆余曲折はありましたが、VTR生産は諦め、工場全社員の退職と工場閉鎖を無事に行いました。
これには、当時のS社長から大いに感謝していただきました。

 これらのことが出来たのは、1981年までお世話になったアルプス電気の時代に、各種の仕事を経験させてもらい、かつ6年間の労働組合役員の経験をさせて頂いたからこそだと、今でも感謝しています。

 FT技研社の工場を閉鎖し、後処理を終えたら挫折感もあり今度は自分で昔の仲間と会社を立ち上げようと思いました。
 S社長からFT技研の兄弟会社であるフューテック㈱を横浜市金沢区に作ったばかりなので「独立の目途が立つまでの間だけでも手伝ってくれないか」と言われて「ではほんの数か月」と片手間気分で応援に通い始めたのが1983年であり、入社(転籍)したのが1984年です。

「今だから話せる初めての海外生活」のタイトルと合わない?
そのとおりです。
しかし、FT技研の工場立上げと閉鎖の経験は、私の後の海外業務に多大な影響を与え、フューテック㈱の応援が海外生活の端緒だったのです。

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