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「今だから話せる佐藤のコラム 第5号」(初めての海外生活5)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2017.07.29   
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┃  「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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 中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第5号」(初めての海外生活5)をお届けいたします。

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◇「今だから話せる佐藤のコラム 第5号」(初めての海外生活5)◇

    グルメ天国のマレーシア
                            佐藤忠幸

 関東地方も梅雨明けしたそうで、いよいよ本格的な夏到来ですね。
夏とともに庭のムクゲが満開となり懐かしく喜んでいます。
29年前に古家を購入して自宅を建てた時、以前の居住者が華やかなムクゲを数本植えていており喜んだのに、古家を撤去し敷地を造成し直したらムクゲも全て抜かれてしまってがっかりしたことを思い出しました。
そこで、昨年から日本の生活で落ち着いたので、改めて植えた木が今年から咲き始めたという訳です。
昨年4月までの約26年間を、外国で単身赴任生活をしてきました。
今号も99年7月まで駐在したマレーシア時代の話題を、そして暑い時季ですので気軽な話題としてマレーシアの食生活を中心に報告いたします。

【グルメ天国のマレーシア】
 ロングステイしたい国ランクでは、ここ数年間はマレーシアがダントツのNO,1です。
短期間の観光とは違って数ヶ月.数年間も暮らすとなれば対日感情がよくて物価安、そして食生活が豊かでなければ到底過ごせません。
グルメではお隣のシンガポールやタイの方が有名ですが、マレーシアは世界的に隠れたグルメ天国でした。
マレーシアは、前に報告した如くアジア各国から渡ってきた色々な人で出来上がった多民族国家です。
そして、一年中真夏で海に囲まれ、高原あり平地ありという、自然と食材豊富な国です。
マレーシアというとオラウータンで有名ですが、虎や象、サイが棲んでいるジャングルがいまだにあるとは意外に知られていません。
私も蛍見物に行った時に恐竜のような巨大トカゲに出会って驚いたことがあります。

魚も、マレー半島西海岸のマラッカ海峡と、東海岸の南シナ海で採れる魚は全く違います。
淡水魚も高原の渓流で採れる魚と、平地の沼や河で採れる大魚とは全く異なります。
(だから魚釣りは楽しかったです)
保存や流通が難しい昔でも、それらを首都クアラルンプール(KL)では食べられました。
生魚を簡単に運べるという小さな国だということでもありますが、国民に好みの多様性があるということで無理をしたのでしょう。
とにかく、民族の数だけ料理があります。
いや、混血もいますので物凄い種類の料理があって、数年の滞在では到底食べきれません。

【赴任者が毎日行くレストラン】
 日本人赴任者の食生活はどうなっていたのでしょうか。
 以前報告したように私が赴任する前は非常に貧しい食生活でした。
朝食は前日に買っておいたパンや軽食を各自適当に食べ、昼食は社員食堂で食べるか近所のレストランで買ってきてもらった軽食です。
社員食堂で食べる社員は大部分がマレー系ですのでマレー料理ばかりです。
買ってきてもらう軽食も、買いに行く人がマレー系なのでこれまたマレー料理ばかりです。
夕食は原則的に毎日同じ中華料理店ですので、1週間もしないで飽きてしまいます。
これが安全で経済的だというのが、私の前任者の判断でしょうが、これではストレスが溜まります。

私が現地責任者として赴任して変えた最初のことはこの食生活です。
昼食は、最初の内は現地スタッフの案内での外食としました。
後に日本人だけでも行くようになりましたが、行先の大部分が屋台で毎日のように店を変えました。
レストランも時々行きましたが毎回変えてマレーシア全土の料理を味わいました。
夕食は、原則自由行動としました。
各人が情報を集め「何処のレストランは何料理が得意で何が美味いよ」という評判を聞きつけて皆に宣伝し、皆が誰の情報に着いて行くか個人個人判断し行動しました。
結果的に全員の食生活は一挙に豊かになり、グルメ天国マレーシアをエンジョイできたのではと思っています。
次には住居も一軒家での共同生活を止め、中年族は一戸、若者は2人で一戸のマンションを契約して分散生活とし、自炊も出来るように改善しました。
なお、日本人全員での食事会は毎月一回以上必ずしていました。
もちろん帯同ご家族もご一緒です。

【困った幹部会ディナー】
 日本人だけの食事会は、好き嫌いはあっても、宗教上の制約で食べられないものがあって困ったことはありません。
ところがマレーシア現地法人幹部の夕食会は本当に困りました。
マレー系のムスリムは、ご承知のように豚は絶対にダメ、その他の料理もハラレル表示のないものは食べられません。
インド系は、もちろん牛は絶対にダメ。
中国系はクリスチャンか仏教徒ですが、その中にベジタリアンが2人もいました。彼らは中国料理でいうところの素食料理、日本料理でいう精進料理でなければダメということです。
そして味付けの香辛料は全てに好みが違います。
飲み物も好みが全く異なります。
アルコール類を飲んだのは日本人だけだったような気がします。
そんな全てを満たすレストランは滅多になく、度々使ったのが一流ホテルのバイキングでした。
それでもベジタリアン向けには他のレストランから出前を頼んだこともありました。
とにかく現地幹部全員そろっての食事会は、普通のレストランでは出来ず準備も大変ですし高くつきました。
という言い訳で、毎月の食事会は民族別にやっていました。
でも少人数のおかげで彼らの本音を聴きだせましたよ。

【屋台天国だったマレーシア】
 朝食や昼食の大半は、屋台村で食べました。
村と言っているのは私だけですが、公園などの一角を数十軒、大きなところなら数百軒もの屋台が軒を連ね壮観です。
間口1mか1,5mの屋台ですから、1軒で作れる種類は限られています。
しかし、それぞれが「俺の店はこれが名物だ!売りだ!」と猛烈な競争をしていたので、不味いわけがないですね。不味ければたちまち閉店です。
マレーシアの名物料理の大半はここで食べられました。
一番食べたのは「ラクサ」という麺料理です。
日中は35℃にもなるくそ暑い中、エアコンもない屋台で、大汗をかきながら暑くて辛い麺類を好んで食べたものです。
「ラクサ」とは、米の粉で作ったラーメン風の料理です。
魚介類のダシとココナッツで味付けをしてあるのが特徴で、各店や地方で全て異なります。
日本のラーメンと同じようにどの店も特徴を出して美味さを競っていました。
具は、基本の青菜以外はリクエストによって肉やキノコなどを入れます。
ある時、薄暗い中で肉をリクエストしたつもりが鶏の足(爪)だったので驚きました。
鶏の爪付きの足を食べたのはこの時が初めてでした。
最初は気持ち悪かったのですが、意外に美味しいので驚きました。

次によく食べたのが「海南(ハイナン)チキン」です。
鶏を蒸したり茹でたりしたスープでご飯を炊き、その蒸し鶏にピリ辛のたれを付けて食べますが、本当に美味かったです。
基は中国から伝わったもののはずですが、中国で色々と探しましたがあれほどの美味しいものにはとうとう出会えませんでした。

次は、「チャークティヤオ」というキシメン風の麺を醤油やオイスターソースで炒めた真っ黒な焼きそば風の麺料理です。
具は青菜の他はエビや貝などでお店によって全て異なります。
この焼きそば風料理で、最も特徴がある具は貝です。
どこのお店でもこれは入っており、他の料理では食べたことが無い癖の強い味の貝でした。

マレー系の屋台では、「ナシゴレン」というピリ辛マレー風チャーハンをよく食べました。
同じようなもので「ミーゴレン」というマレー風ピリ辛焼きそばがあります。
「ナシ」とはご飯のこと、「ミー」とは麺のことです。
マレー系の料理ですから、唐辛子が丸のまま必ず入っています。
それを避けたつもりでもつい口にしてしまい「ひゃー」と飛び上がりながらも毎週何度でも食べていました。
もっと大衆的なもので「ナシレマ」というものがあります。
ココナッツミルクで炊き込んだご飯の中に適当な具を入れてバナナの葉でくるんだおにぎりのようなものです。
朝食などの弁当として買って通勤途上の車中で食べたこともあります。
具は佃煮みたいな簡単なものですが、バナナの葉の香りが移って美味しかったです。

その屋台も、90年代末期には不衛生だということで屋台禁止令が出され、ビルの中に作られた屋台風の屋台街へと移されたのは残念でした。
そう言えば、横浜駅裏の川沿いの屋台もいつの間にか無くなりました。

【中国よりも美味しい中華料理】
マレーシアでも中華料理はよく食べましたが、本場中国では味わえなかったものが多かったものです。
日本の中華料理同様に、マレーシアに渡った中国人が気候と食材に合わせて独特の進歩・変化をさせたのでしょうね。

前記の「海南チキン」以外のもう一つの代表が、「バクティ(肉骨茶)」です。
豚の骨付きスペアリブをゆでて脂身とアクを抜いたら漢方薬と香辛料で数時間煮込んだ独特なスープです。
これはさすがに屋台では無理で、専門店で食べます。
休日の朝などに絶好なものでしたが最初は薬臭かったのですが慣れると誰もが病みつきになります。
一緒に食べる主食はご飯もよいが、油条という揚げパンのようなものとの相性は抜群です。
これも中国では16年も探したのに食べられませんでした。

外食での朝食のもう一つの代表はお粥です。
白いご飯だけのお粥も美味しいのですが、さらに美味しいのが具と一緒に長時間炊きこんだお粥は最高です。
具は鶏肉が代表ですが、キノコや貝類も美味しいですね。
中でもアワビはよだれが出ましたよ。
お粥専門の高級店は、特殊な高級米を使ったようでお米自体が美味しかったです。
マレーシアでは東南アジア特有の長いお米しか売っていませんから不思議に思ったものです。

余談ですが、90年代に日本で起こった米不足時には、マレーシアの長米を土産に持って帰り、ご近所にもお裾分けしましたが、あまり喜ばれなかったそうで家内ががっかりしていました。

豪華な夕食やパーティの代表的な料理はシーフードレストランでの海鮮料理です。
これの大半が中国系の人が経営しているいわゆる海鮮中華料理です。
新鮮さを売りにしているため大部分の食材は水槽で生かしており、それをお客と一緒に選び、料理方法を指定して注文します。
蟹は種類も味も豊富で最高でした。その中でも数キログラムもあるスリランカ蟹は入荷が待ち遠しかった程です。
とにかく見れば食べたいものばかり、つい余分に選んでしまい食べきれず最後の数種類はお持ち帰りです。
それは、店員に気取って(?)「これとこれをドッキーバッグ(犬の餌用の入れ物)でお願い」と言って、包んでもらいました。
ドッキーバッグにという表現は、台湾と香港でも使っていましたね。

【さらに美味の混血料理】
以前報告しましたようにマレーシアは、各国から渡ってきた人たちが定住しマレー人と結婚し様々な混血(ブラナカンという)民族が生まれました。
その混血の民族料理がこれまた美味しいのです。
その代表が「ババニョニャ」という中国人とマレー女性との混血です。
ちなみに、インド系とマレー系の混血を「チッティ」と言います。
ヨーロッパ人とアジア人との混血を「ユーラシアン」と言います。
余談ですが、ポルトガル系とマレー系の混血は「クリスタン」とよく言います。
何故かなと思ったら、昔はマレーシアを植民地にしていたのはポルトガル。しかし、その後オランダに敗れ植民地支配から追い出されてしまいました。
そこで、ポルトガル系だと分からないように「クリスタン」と呼ばせていました。「元クリスチャン」ということでしょうかね。
その後オランダもイギリスに、そのイギリスも日本に追い出されました。
というわけで色々なヨーロッパ人との混血である「ユーラシアン」の言い方が一般的なようです。

それぞれの料理を書き出したらキリがないので代表的なもののみ簡単に紹介します。
ババニョニャ料理の代表は「フィッシュヘッドカレー」です。
これはシンガポールやタイでも有名ですが、数少ないマレーシア生まれの有名料理です。
巨大な熱帯魚の頭を、野菜と一緒にココナッツカレーなど数多くの香辛料と煮込んだ料理です。
昔は漁市場食堂のまかない料理だったのがだんだん高級化し今では東南アジアを代表する料理となってしまいました。
やはり辛い料理ですが、これを食べだすとお酒を飲むのを忘れてしまう程夢中になります。

他のババニョニャ料理では「オタオタ」という焼き蒲鉾のようなものもよく食べます。
米粉を揚げて作ったカップに色々な野菜や錦糸卵を詰めて特殊なソ-スを付けて食べる「パイティ」というものもポピュラーです。

其の他では、インド料理の「タンドリーチキン」や「バナナリーフカレー」など。
マレー料理では「レマン」という竹で餅米を直火で炊きあげるめでたい料理など。
色々な美味しい料理を数多く覚えていますが今回は省略させていただきます。


 マレーシアは常夏の国で、日本のような四季がありません。
マレーシア人に季節のことを聞くと必ず「マレーシアは二季のみだ」と答えます。
夏だけではないのかと聞くと「雨季と乾季がある」とのこと。
ということもあって冒頭に書きだしたようにマレーシアはグルメ天国です。
そして当初は一年か二年の駐在予定でしたので、今のうちにあれも食べたい、これも食べたいと言っている内に9年も経ち、ついにマレーシア駐在中に10Kgも太ってしまい困ったものです。
でも、美味しい食事があったからこそ、現地社員とも打ち解け合いよいコミュニケーションが取れた、おかげでよい経営が出来たと自負しています。

 今回も長文で申し訳ありません。この続きは次号で。
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