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上海レポート5月号(烏鎮へ行った)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2016.06.04       
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┃  「中国への企業進出セミナー」でお馴染みの
┃  佐藤忠幸氏から『上海レポート』が届きましたのでお知らせいたします。

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 現在、中国は上海に事務所を構え、
中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「上海レポート」5月号をお届けいたします。

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◇上海レポート5月号(烏鎮へ行った)◇

帰国して3週間経ちましたが忙しい毎日を送っています。
過去16年間手を付けていなかったことが留守宅には一杯あり、何から手を付けて
よいのか分からない状態でいくら時間が有っても足りません。
それと並行してやるべきことは、体力・筋力の回復です。
ご案内のごとく、3年前の心臓手術により体力・筋力が一気に落ち、中国でのだら
しない生活によりますます衰えが進み、歩くのも大変な状態となりました。
そこから如何に脱するか各医師に相談した結果、次の生活を開始しています。
 月水金・・・整形外科へのリハビリ通院(自宅から徒歩で往復)
 火木・・・・・プールでの水中歩きとエクササイズ
おかげで、体重は4月のピークから比べれば4Kg下がりました。

いつまで続くかどうか心配ですが何とか頑張って、次のステップに早く進みたい
と思っています。
という中での、今月の上海レポートは上海生活最後の旅行を報告いたします。

【烏鎮、金澤鎮へ行った】
鎮とは、日本では軍隊の○○方面本部などの呼び方が多いが、中国では単に町
村などの小さな集落単位のこと。その内、昔の風情を残している集落を古鎮と呼
び、中国では懐古趣味とゆとりが出てきたためか最近注目を集めている。
上海周辺の四大水郷古鎮 (西塘、周荘 、朱家角、烏鎮)は「中華人民共和国中
国歴史文化名鎮」に登録されている。「中華人民共和国中国歴史文化名鎮」と
は、国家級の歴史文化地区に対して制定される名称で、文化遺産が豊富で歴史
的価値もあり、また過去の伝統風情と地方の民族の特色のある地域が、2010年
現在181件が登録されている。
日本でいえば、旧街道保存地区とか旧街道宿場町などと同類だろう。
上海を離れるにあたり、四大水郷古鎮の中で唯一見逃している烏鎮は是非見て
おきたいと思い、家内が引越応援に来てくれた忙しい中の一日を割いて、中国人
アシスタントの案内で見学した。
(案内と言っても名所のことは何も知らず運転と通訳以外はできない)

烏鎮は中国語ではウーヂェンと読む。
したがって、当初は「鵜(ウ)」の鎮かと思っていたら「烏(カラス)」の鎮だった。
どうしてカラス鎮と言うのか誰に聞いても分からず謎だったが行ってみたら何とな
く分かった。どの家の屋根も壁も塀も、扉も真っ黒であり、街中が真っ黒であるか
らカラスの街と言われるようになったのであろうと勝手に推測した。

烏鎮は、近年「水の都、アジアのベニス」と称して有名である。
実は「東洋のベニス」はお隣の蘇州や日本の堺などが有名であり私も聞いたこと
があったが、アジアのベニスが烏鎮とは初耳であった。
しかし、行けば成程とうなずける街である。

烏鎮は中国浙江省北部の嘉興市桐郷市烏鎮鎮(書き間違いではありませんよ、
中国の地名は難しい!)にある。
上海から南西に130㎞、自動車で約2時間。
烏鎮鎮市内に入ったら、市内のあちこちに「歓迎烏鎮」の看板が掲げられており、
ひなびた古鎮の風情鑑賞気分は消し飛んだ。
上海の博物館は全て無料だがここ観光地の入場料は高い。
烏鎮の入場料は、見学地が広過ぎるので東柵(地区のこと)と西柵に分けられて
おり、東柵は100元、西柵は120元。両方通しで買うと150元である。
私たちはしんどいので西柵のみとした。
西柵の入場料は、一般は120元(約2000円)であるが、老人は(外人でもパスポ
ートを見せれば)80元になるのは有りがたい。120元は上海市平均賃金の半日
分、地方の1日分の賃金に相当する。
家族で来て交通費や食事、お土産も考えたら安くないと思うが、平日ながら大変
にぎわっていた。

観光の中心である西柵は、全てが観光施設であり民家は全くない。
元々は民家か商家であった街であるが2000年前後に観光開発のため一般人は
全て追い出され、お土産商店や展示館・民宿・食堂など全てが観光施設に生まれ
変わった。大衆の生活感は全く無いのが残念ではある。

しかし、街を歩くと美しい運河と橋に囲まれた情緒あふれた街であり、アジアの
ベニスと称するのも分かる気がした。
運河の(川?)を左に見ながら、石畳の道をお土産屋や民宿をのぞきながら、時
折見られる風情のある橋を登ったり降りたりしながら、自分としてはものすごく
歩いたつもりである。

昨年姉親子と行った西塘鎮でも感じたが、私が訪ねた中国の古鎮の大部分が運
河に沿って作られている。日本の、街の多くが街道沿いの宿場街が原点であるの
と対照的である。
その中でもここ烏鎮は運河がいくつも交叉する港運の要所だった宏大な古鎮であ
る。それもそのはず、あの世界最大最古の「京杭大運河」の港と支流にできた街
である。
京杭大運河は、およそ1500年前隋王朝時代(聖徳太子の時代)に杭州から北京
をつなぎ中国発展の基礎を作った運河である。当時の都である洛陽はじめ北部
は農作物があまりとれない地域であり、南の杭州や蘇州の豊富な農作物を北へ
運ぶため、運輸・交通手段として莫大な財政と人力を注ぎ込んで大運河を作っ
た。
おかげで隋王朝は短期に滅び唐に変わられたが運河の功績は偉大であり今でも
活用されている。

その総延長は約2,900Kmと気の遠くなるような長さである。
日本の北のはずれ(択捉島)から最南端の沖ノ鳥島まで直線で3,000Km弓なりの
部分を計算しても3,500Km。本州だけだとおよそ1,500Kmであるのと比較してい
ただきたい。

烏鎮へ行きたかった理由の一つには、この京杭大運河を見たかったためである。
烏鎮のはずれ、京杭大運河の畔に白蓮寺というお寺があり、七重の塔が建ってい
る。ここに登れば京杭大運河が俯瞰出来るのではと思い、疲れた足腰に無理をさ
せて必死に登った(他の者は楽に登ったようだが)。
お寺の都合で4階までしか登れなかったが窓からの景色は想像以上。
大運河には貨物船が上り下りしていた。
とは言うもののどちらが上りだろうか、すなわちどちらが北京だろうか?
見張り(?)の係員に聞いたら「あちらだ」と指をさしてくれた。その先は霞んで
見えなかった。
反対側を見たら、道路標識と同じような航路標識が運河の横に立っていた。
「杭州へ62Km、烏鎮は左へ2Km」と書かれていたが、逆方向の北京までは何キ
ロメートルだろうか気の遠くなる距離である。(今は北京までは通じていないが)
運河の反対側窓から下を見ると、烏鎮の整然とした街並みが見えた。
それにしても黒い街だなー。

帰りは、船で戻ろうとしたが(お金も景色も)勿体無いから歩けとのきついお達し。
仕方なく頑張った。
でも歩いてよかった!
帰りは行きと反対岸の街を歩いたが、こちらは民家と展示館が多く、全く異なる雰
囲気だった。また運河も上流下流の遠くまで眺めることができた。
朝歩いた運河沿いの建物もこちら岸から見た方が風情を感じ、年賀状にしたい写
真もたくさん撮れた。

昼食に名物(?)のお粥を食べた。
3人とも異なるお粥を頼んだが、私の注文したものが最もまずかった。
とはいうもののこれは比較論であり全てがうまかった。

上海への帰りは、少々遠回りして金澤鎮に寄った。
烏鎮は上海中心部から見ると南西部、金澤鎮は上海西部の青浦区にある。
ここに行きたかった理由は二つ。
一つは2004年頃にお世話になったアパレル会社の子会社がここにあり、週に2
回ほど1年間通ったのにも関わらず鎮は一切見ていなかったからである。
もう一つは、私の現住所が横浜市金沢区であり先輩の金澤鎮を見ておきたかった
のである。我が金沢区の歴史は(日本としては)古く、鎌倉時代の金澤北条家がこ
こで勢力を張り「金沢文庫」まで作ってしまったことでも有名な歴史ある街。
とはいうものの中国から見ればたかが900年の歴史。
烏鎮でも1,300年の歴史があり、金澤鎮は確かなことは分からないが同様に1300
年前にできた街らしい。

金澤鎮は、烏鎮と異なり観光地ではない。
上海の衛星都市であり農業や工業等で豊かな地域である。したがって、入場料を
払って入る様な整備された街はない。それはよいのだが、地元政府や住民には
観光者へのサービス意識がなく、名所の場所を聞いても皆知らないと言うし、案内
板も無い。
それでもひとつだけ有名なお寺だと聞き出した「頤浩禅寺、楊震殿」を参拝した。
お祭りの日は派手な行事がいくつもありこの地方の名所らしいが、普段は何てこと
ない普通のお寺だ。しかし、「香花券」という名目の入場料を20元取られた。

報告が長くなったのでここらで止めますが、中国の観光というものは、地元が稼ぐ
手段のようです。
金澤鎮のように他に稼ぐ手段が沢山ある処は案内不熱心であり、観光客のことは
一切考えません。
税収不足となれば目の色を変えて観光に力を入れるだろうに・・・・。

日本の大企業が、消費者のことを忘れてTOPの顔色だけを窺ってデータをごま
かし、粉飾決算までしていることを思い出しました。

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佐藤忠幸/Sato Tadayuki 
〒236-0052
   横浜市金沢区富岡西4-20-16
 E-Mail: tada-sato@mvb.biglobe.ne.jp
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