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上海レポート1月号(豊田記念館)

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2016.01.30       
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┃  「中国への企業進出セミナー」でお馴染みの
┃  佐藤忠幸氏から『上海レポート』が届きましたのでお知らせいたします。

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 現在、中国は上海に事務所を構え、
中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「上海レポート」1月号をお届けいたします。

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◇上海レポート1月号(豊田記念館)◇

最近は寒いですねー。
上海も数十年ぶりとかいう記録的な寒さで、先日の夕方は雪がちらつきました。
ところで中国の現在は将に歳末状態で、街は派手な真っ赤なお飾りで一杯です。
提灯やポスターそしてお店の店員の制服も真っ赤かです。
積み上げられた進物用のお菓子などの包装も真っ赤です。
共産主義だから赤ではないのですよ、赤色が大好きな民族なのです。
今月は、今が盛りの中国の歳末風景と最近見学したある産業記念館の見学記を報告します。

【春節行事】
今年の中国正月休みと行事は次の様に決まっている。
 2月6日(土)振替出勤
 2月7日(日)除夕(旧暦12/29でいわゆる大晦日)
 2月8日(月)春節(旧暦1/1でいわゆる元日)
 2月9日~10日 春節休日
 2月11日~12日 振替休日
 2月13日(土)休日
 2月14日(日) 振替出勤
 2月22日(月)元宵節(旧暦1/15初の満月の日)
いわゆる春節休暇は2/7から2/13日までの7日間。
しかし、故郷が遠方の人や海外に行く人などはその前後から休みを取り2月前半は仕事にならない。
日本人駐在員の多くも前後10日~2週間帰国している。
したがって1月下旬の今日は歳末というわけ。
私のビジネス相手もほとんど上海にいないようだ。
私も2月の大半は日本で過ごすことにしている。
この時期、飛行機のチケットはべらぼうに高くなるので早期に予約してある。

街ではあちらこちらでショッピングモールを作っており、春節に開店をしようと準備中である。
いくら人口が多い上海でも、明らかに過剰開店である。したがって、代わりに閉店状態となるモールも数多くある。
閉店したままのモールもあるが、大改装して巻き返しを狙うモールやデパートも数多くあり、建築業者は相変わらず繁盛しているように感じる。

【自動車の乗り入れ規制】
上海など大都市は自動車が過剰であり、朝夕の通勤時間帯はどの道路も大渋滞。
そのため、朝夕のラッシュ時間は上海ナンバー以外の自動車は高速道路に入れなくしている。
その乗り入れ規制時間が今年から更に1時間長くなった。
市外ナンバーの自動車は次の朝夕3時間づつは一般道路しか走れない。
 朝7時00分~10時00分
 夕16時00分~19時00分  (朝夕共にこの規制は平日のみ)
これでは外地ナンバーの自動車は通勤やビジネスには使えない。
しかし、上海ナンバーのプレートは、自動車代並の入手費用と順番待ちが長いことから多くの人が困っている。

そこで浮上してきたのがエコカー(ハイブリットや電気自動車)。
当然エコカーはまだ高いが、政府の資金援助があるし何よりも嬉しいのは上海市ナンバーを無料で入手できるからである。
しかし、ここは「上に政策があれば下に対策あり」の中国。
さっそくそれを悪用する者が続出した。
上海市からの恩恵だけを狙ってプラグインハイブリッド車(PHV)を購入し、充電せずガソリンで走行する消費者が続出。
政府はこれに対処するため、充電スタンドの設置証明が申請書必須項目に盛り込まれた。
市民側の次の対策は何だろうか?

近所のローカルスーパーの買物用カート(台車)を使うのには1元必要となったが、早速 裏をかく人間が現れたと以前報告した。
カートを駐車場に持って行かせないように、1元硬化を入れると繋いでいた鎖から放たれ、戻す時は所定の場所で他のカートの鎖とつなぐと1元が戻る仕組である。
今年になってそのスーパーに行ったところ、一部のカートで、繋ぐ鎖をカートに縛り付け使えなくなっていた。
誰かのいたずらかと思って鎖を縛ってないカートに1元を入れて用いた。
しかし、返すときには全てのカートの鎖がビニール紐で縛られ使えなくなっていた。
すなわち1元が戻らないのである。
係員に言ったら「バカ正直に1元なんて入れるな!」と叱られてしまった。
裏をかく者が多く、壊れたカートが続出したのでその日からその制度を廃止したのである。
お店側としては一時的に鍵の使用を中止し、対処方法を考えている様子。その為に鎖を外さず縛り付けただけである。
お店の駐車場には以前どおりカートが放置されていた。
お店側の対処とお客の対策合戦がこれからも続きそうであり、行く末が楽しみである。

【上海豊田紡織廠記念館を参観した】
先週、ある人から館長の春日井雅人氏を紹介され、この記念館の存在を知ったので早速お願いして参観した。
上海豊田紡織廠は、1921年に設立されたトヨタグループ初の海外拠点工場である。
工場が上海に有ったということは知っていたが、恥ずかしながらそれほど古いものだということも含めてその実態は全く知らなかった。
記念館は、元上海豊田紡織廠の事務所と食堂棟を復元して、トヨタグループ中国進出の原点として2008年に作られた。

まず驚いたのは、上海豊田紡織廠は私のアパートから車で10分の蘇州河に沿ったご近所にあった。
蘇州河近辺は、原料の綿花が集めやすく製品を海外に運びやすいため、日系紡績工場の大半がこの周辺にあったそうだ。

次に驚いたのがこの記念館は「博物館ではない」ということ。
博物館としての営業許可はとっていない理由は、入館者の制限をしたいからだそうだ。
冷やかし客はお断り(参観は2時間以上が条件)、そして最もお断りするのは日本のメディアである。
何故なら「上海豊田紡織廠」を創設した経緯から含めて詳しく説明しないと理解を得ることが難しいからである。

上海豊田紡織廠を創設したのはあの豊田佐吉であり、その片腕の西川秋次が責任者として創業したのである。
豊田佐吉は4年間も上海に住み、苦労して創業にこぎつけたそうだ。
余談だが、その邸宅は現在、日本国上海領事館総領事公邸となっている。
上海の日本商工倶楽部の新年会などで招待され訪問したことがあるが、物凄く立派なお邸だったという記憶がある。

西川秋次は、豊田佐吉と一緒に苦労して立上げ、超大手企業に育て上げた。
1945年日本が敗戦となってもそのまま居残り、1949年に共産国家となって会社を召し上げられ帰国を余儀なくされるまで頑張ったのである。
ちなみに、召し上げられた上海豊田紡織廠は国営企業となり現在も発展をしている。

何故1921年という早い時期なのに中国に作ったのか。
日本は富岡製糸を代表とする生糸と絹織物には強くても木綿は海外に負けていた。
そのため、格安で豊富な労働力と原料(綿花)の確保が理由である。

上海豊田紡織廠は西川氏等の努力で莫大な利益を生んだ。
豊田佐吉の息子の喜一郎が自動車工場を作ると言い始めた時、その資金がないため多くの役員は反対したが、西川氏が「その資金は上海で出しましょう」と言って現在のお金で約300億円をポンと出したのは映画などで有名な話である。
これは事実であるが、
「トヨタが今あるのは、中国で労働者を搾取して得た利益のおかげである。」や
「日本の自動車産業の発展は中国侵略のおかげである。」とまで言うと誤解である。

確かに、当時の中国には包工制あるいは包身制という労働請負制度があった。
特に、鉱山業,運輸業,紡績業などに多くみられた。
その制度はすでに明・清からあり、把頭(親方)は経営者から請け負った作業の労働者を集め、衣食住まで管理しながら労働させ、賃金は経営者から一括して受取り搾取した後に労働者に渡していたのである。
日系紡績会社も30%以上の労働者が包身制であったそうだ。
そうでなくても労働者搾取のひどい90年前の中国、低賃金・長時間労働は当然。
だから国民党政権は倒れたと言ってもよい時代であった。

しかし、創業者の豊田佐吉は上海に住み、こんな言葉を残している。
「障子を開けてみよ、外は広いぞ!」
そして、中国進出に際して、
「それは日中親善の為じゃぞ。」
「先ず官僚外交の前に、国民外交が無ければならぬ。」
「全人類に対して、一大奉仕を為す の覚悟を以って進まねばならぬ。此処まで進めば、日中親善は自然に実現する。」
更にこうも言っている。
「中国は日本にとっては、実に大事な国じゃ、否でも応でも、中国とは格別の親善関係を持たねばならぬ。」

そして豊田佐吉に育てられた西川氏も有名な次の言葉を残している。
「僕は半分は日本人、半分は中国人になって日本と中国の架け橋になります」
そして、中国工場へ出向している日本人に次のことを懇々と説いていた。
「中国の工人に対する接し方であるが、
 言葉が通じない彼らに決して乱暴に振舞ってはならない。
 分かるまで教える工夫をしてもらいたい。
 豊田で働く中国人だから、尊敬されるような指導を心掛けてもらいたい。」

だからであろうが、その当時の上海労働者からは次のように言われていた。
「一朝豊田、終身豊田、世代豊田」

私は西川秋次氏と同じく、愛知県豊橋市出身である。
(彼は、豊橋市二川町出身)
だから、周りの者の就職したい会社は断然トヨタグループであった。
買う自動車は絶対にトヨタである。これは今でも同じ。
そういう私の立場から見れば、なおさら彼らの言葉は理解できる。

そんな彼らが作り育てた、上海豊田紡織廠で中国人を奴隷的に扱い搾取などしていなかったと信じます。
だからこそ、上辺だけチラッと覗いただけで誤解する見学客を断っているのでしょう。
そんなトヨタでも、戦後の自動車工場の進出は極めて遅く不思議に思っています。
次は其の辺の事情を探ってみようかな。

見学と説明を終えての雑談で出た話しです。
中国にある日系企業は、昔も今も「はみ出し者」が出向しているがその「はみ出し者」の定義が変わっていますねー。
昔はFAXもメールもありません。
否が応でも現地で即断即決しなければならず自由さがありました。
だからそれが出来る西川氏のような「はみ出し者」でなければ経営できませんでした。

今は、日本の経営者が数代目でサラリーマン化しており責任を問われることを怖がっています。
だから何でも報告や決裁を求めます。
そんな子会社には出世できなかった「はみ出し者」が出されるのですよ。

でも、短期出向で帰任後の出世が約束されているエリートよりもよいかもしれませんがね。

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