メールマガジン

「上海レポート」9月号

┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃◆┃(社)いわき産学官ネットワーク協会News  2011.09.17        
┣━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

┃  「中国への企業進出セミナー」でお馴染みの
┃  佐藤忠幸氏から『上海レポート』が届きましたのでお知らせいたします。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 現在、中国は上海に事務所を構え、
中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
いわき市産学官連携アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「上海レポート」9月号をお届けいたします。

==========================================================================

◇上海レポート9月号(中秋節旅行)◇

朝夕は涼しくなってきましたが、昼間は相変わらず30℃を超えて暑いですね。
日本は総理大臣が変わりましたが、中国の報道は冷やかに(冷静に?)見つめています。
お手並み拝見あるいは、どうせ直ぐに変わるのだからと。
領土に係わる論文のせいもあるでしょうが、これほど軽く扱われた総理交代劇も珍しいことです。
寂しいですね。

9月12日は、中秋節です。
旧暦8月15日で中秋の名月を家族で愛でる日として中国では重要な日です。
そのため中国では10日から全国的に3連休です。
そして日本のようなお月見団子ではなく、月餅を食べる習慣があります。
マレーシアやシンガポールのチャイニーズは、月餅をムーンケーキといい、中秋節をムーンケーキ・フェステバルと呼んでいたなー。
そんな時季の話題を報告いたします。

<例年よりも早い月餅売り出し>
月餅は、9月12日よりも少し前に買い、お世話になった方に贈る。
自分が食べるよりも贈る方が多いようだ。
したがって、例年は中秋節の1ヶ月ほど前から売り出す。
何故か、今年は2ヶ月前の7月中旬から大々的に売り出した。
スーパーに入ると店頭は月餅の山で、購買心をあおっていた。
それだけ景気が悪いということのようだ。
贈答用としては、安すぎるというなら黄金の月餅もある。
政府高官向けには、箱の底にお札を偲ばせることも横行しているようだ。

9月10日は、教師節と言い、先生を敬う日である。
中秋節とほぼ重なったため、先生のお宅には例年以上に月餅が贈られている。
日本と違って、感謝やお願いは物で表すのが中国だからである。


<無錫を旅した>
9月10日11日の2日間、上海ビジネスフォーラム(SBF)という異業種交流会の仲間18人で無錫旅行に出かけた。
無錫といえば、中年以上なら「無錫旅情」の唄を思い出すだろう。
上海近辺にいる人なら大工業団地を思い起こすだろう。
確かに、観光と工業という全く異なる二つの顔を持った大都市である。

無錫市は、北緯32度に位置し、日本でいうと九州の宮崎市あたりに相当する。
市の総面積は、和歌山県とほぼ同じ4,788平方キロ。
総人口は約500万人で、7つの市区と2つの県級市を持つ。
日本の県と市の関係とは逆で、中国の市は大きく市の中に県がある。

この市の名の由来には、諸説ある。

最も一般的な説は、漢代にキコリが山で巨石に穿たれた銘文を見つけたとき、「錫有れば兵事起こり、天下争う。錫無くば寧(やすら)かに、天下清(しず)まる」と刻まれ

ていたため、これに因んで、この地を無錫と呼ぶようになったとするもの。

もうひとつの説は、周、秦の時代に、この地で錫が採れたため有錫と呼ばれたが、秦の武将が楚と戦って無錫を攻めたとき錫がすっかり無くなっていたことから、無錫と呼ば

れるようになったとするもの 。

無錫は小さな河川が無数に流れ、太湖の北西部に接する典型的な江南の水郷である。
太湖に産する魚などの水産物が豊富で、古来「魚米の郷」と呼ばれていた。
太湖に接した無錫市街は、典型的な中国の古い城壁都市であり、中心を隋代以来の「京杭大運河」が貫き、今でも多くの船が行き来する。

清代後期には、無錫は周囲の農産物の集積を背景に、その米市場の相場の影響力を江蘇省の範囲を超えるまでになった。
辛亥革命までの間に食品や繊維などの民族資本が形成され始める。
こうした経済の発展は文化の発展も伴った。
多くの文人らが無錫から生まれ、無錫には寄暢園など非常に優れた庭園などが建設され今も残っている。
1912年、中華民国は無錫県を置き、大小の資本の本拠地となった無錫は「小上海」といわれるほどの商業の繁栄を見た。
1937年、日中戦争により、戦場となった市街は大きく破壊された。
1949年4月23日、国共内戦の末、中国人民解放軍が無錫を占領した。
1953年無錫は江蘇省の直轄市となった。
だが、大躍進政策、人民公社化と文化大革命は、無錫とその周辺に荒廃と経済の多大な破壊をもたらした。
これは、なにも無錫に限ったことではないが、日中戦争の荒廃から立ち直りかけた無錫市にとっては大きな痛手である。
無錫の寺院は全て壊され、今あるものは、1990年代以降に再建されたものである。

改革開放以来、無錫の経済は再起し、目覚しい発展を遂げることとなった。
1981年無錫は全国15ヶ所の経済中心都市のひとつとなり、1984年無錫は全国10ヶ所の重点観光都市のひとつとなった。
1985年までに無錫は開放都市となり、工業団地などが整備され、コマツ、ソニー、パナソニック、アルプスなど海外資本が大規模な投資を行った。

太湖の面積は2,250平方km、平均水深は2.0m、最大水深は48m。湖面の海抜は3.33m、周囲は400kmである。
中国五大湖の一つで、鄱陽湖、洞庭湖に次ぎ中国で三番目に大きな淡水湖である。
湖には大小約48の島が浮かび、多くの半島が連なり、湖を囲む峰の数は72を数える。

太湖から掘り出される「太湖石」とよばれる穴の多い複雑な形の奇石は、蘇州はじめ中国各地の庭園に置かれていることで有名。
もっとも、その多くは人工的に作られた偽物ではあるが。

改革開放後は蘇州や無錫は、急激な都市化が進み太湖水系の河川は汚染が進み、湖周辺の悪臭や水質汚染がすすんだ。
太湖は周辺住民約3000万人の飲料水源となっているが、4年前には藻類の大発生により湖水が青く変わり臭気が激しくなる公害事件が起こり、無錫は水道水が使えなくなった。
中国政府も事態を重視し、湖周辺の1,300以上の工場に警告あるいは操業停止を命じた。
中国国務院は2012年までに湖水浄化の目標値を設定し、また江蘇省も環境保全のための政策を策定した。
しかし、「上に政策あれば下に対策あり」の国。
今では、操業停止処分となった工場は1社もなく、廃業した工場が別名義で操業を継続し、排水浄化装置は当局の検査時のみ稼動し普段は止められているなど、実際にはまっ

たく改善されていない。
湖中心部はきれいだが、周辺は緑の藻が大量に発生していた。

太湖の景観は、北部の無錫周辺が最も美しいといわれる。
最も有名な観光地は、無錫市街の西の太湖に突き出た半島にある「鼈頭渚公園」である。
我々は初日にここを訪ねた。

この公園は、岸壁と磯があることから、「太湖明珠(太湖の真珠)」の美称がある。
黿とは、龍に亀の甲羅がある架空の動物のこと。
岬には、大きな渡し船で行く。
船の屋上で湖の景観を楽しみながらの約20分の船旅。
対面には、中国人の若いアベックが座っていた。
彼氏は、見事に飼い馴らされている。
ここでも、どの公園でも見られる光景を再現してくれた。
彼は、お菓子の袋を破り彼女に手渡し、彼女が食べるのをじっと見守る。
彼女の残りをありがたく頂く、食べがらは彼が片付ける・・・・。
末はどうなるのか!?どうでもよいが心配。

岬の突端にある灯台のふもとには、小さな岩場があり、観光客が入れ代わり立ち代わり、岸辺の小さな岩に飛び移って写真を撮っていた。
我々も撮ろうと思ったが順番待ちが多いのでやめた。
湖畔に堤を作り、幾つもの蓮池や亭をしつらえた巧妙な配置は、なかなかのもの。
最初の堤に植えられた桜は、1930年代に日本軍が植樹したものとか、ここらは良きにつけ悪しきにつけ日本軍が絡んでいる。

さらに進むと近年に作った観光施設があった。
ミニ龍門石窟、ミニ敦煌・・・、自然のままの方が、私にはよかった。

今晩の宿は、久々に高級ホテル。
ヒルトン系列のリゾートホテルである。
部屋のテラスには、大きな浴槽があり、湖を眺めながらお風呂に入るという趣向である。
残念ながら(?)カミサンとの相風呂だから情緒も半減だがよい気分だ。

食後は、館内の高級麻雀倶楽部で、一人負け。
後で聞いたら、館内で世界美人コンテストのアジア大会をやっていたそうだ。
その超美人の写真を見て、麻雀をしたことを悔やんだが後のまつり。

2日目は霊山(灵山)景勝と霊山大仏の見学。
霊山景勝は霊山大仏と九竜灌浴という2つの景観が有名。
霊山大仏は無錫馬山秦履峰の南側の小霊山地区に露天で建てられ、高さが88mの釈迦牟尼の銅像。
大仏は唐の玄奘法師に名付けられた小霊山にあるから、「霊山大仏」と名づけられた。
大仏の落成は中国仏教界の百年来の最大な盛事であると同時に、太湖明珠―無錫のシンボルにもなった。
いつできたか?10年も経っていないようだ。

九竜灌浴は、噴水池に立つ10数mもありそうな銅製の塔。
1日数回の興行時間(失礼)となると、てっぺんの蓮の花が開き、そこから釈迦の幼少時代の姿が!!
さらにそれに合わせて噴水の雨あられ!!
お釈迦様は一方だけを向かず、ゆっくりぐるりと1回転サービス。
大掛かりな電気仕掛けでありがたみは薄いが、アトラクションとしてはなかなかのもの。

他の施設も同様で、新興宗教施設と新興観光施設のようである。
しかし、3連休ということもあってどこも一杯。
中国人は、ど派手でないとダメな様だ。

暑くて疲れたが、面白い旅であった。


<銭塘江の大逆流と中秋名月>
旧暦8月18日(今年は9月15日)は、杭州南部の銭塘江という川の大逆流が有名。
「8月18日の潮、その壮観天下に無し」といわれ、南宋の頃から、潮を見ることが盛んになった。
銭塘江は、杭州を通って杭州湾に入る。
河口は漏斗型になっていることもあって、アマゾンのポロッロカと並び称される景観である。

大逆流は、潮の干満の差が大きいことと地形によって起こる現象である。
一度行こうと思いながら、人出の多さと例年死亡者が続出するので、上海人は行きたがらず連れて行ってくれない。
今年も行きそびれた。
アパートから月を愛でてお終い。

そういえば、上海でこれほど奇麗な月を見たのは何年ぶりだろうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
佐藤忠幸/Sato Tdayuki 
 E-Mail: tada-sato@mvb.biglobe.ne.jp
 SBF.HP::http://www.sbfnet.cn/
 HR研究会HP:http://www.sh-hra.cn/
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃発行元:社団法人いわき産学官ネットワーク協会(ICSN)事務局  
┃住  所:〒970-8026 福島県いわき市平字田町120番地
┃     LATOV6階 いわき産業創造館内
┃TEL    : 0246-21-7570      FAX    : 0246-21-7571
┃E-mail : iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp 
┃URL   : http://www.iwaki-sangakukan.com
┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃※配信の登録、及び解除については、こちらからどうぞ↓
┃ http://www.iwaki-sangakukan.com/m_magazine/
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


社団法人いわき産学官ネットワーク協会
〒970-8026 いわき市平字田町 120番地 LATOV6F いわき産業創造館内
TEL:0246-21-7570  FAX:0246-21-7571 E-mail:iwaki-sangakukan@bz01.plala.or.jp
Copyright (C) ICSN All rights reserved.